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まず、モリのケース。
モリはステーション整備士だった。とりたてて有能ではなく、このステーションが用済みになったら、地上へ降りるのも仕方がない、と言っていた。何かを深刻に悩んでいたふうも見られない。
だが、ある日、中央ホールで多量の睡眠薬を飲んで、無重力状態で窒息死していた。
事故か。自殺か。あるいは他殺か。
事故とするには状況が不自然だ。自殺にしては原因がわからない。他殺と考えるにしても、いったい、誰が、なぜ、モリを殺さなくてはならなかったのか。
調査は何も進んでいない。
「連邦警察への依頼もしたが、カナンはその必要はないと回答してきた」
スライの皮肉な口調に、サヨコは心の中で首を傾げた。
カナンは、サヨコには連邦警察の同行を告げている。ただし、極秘に、ということになっている。それはスライにも黙っていろ、ということだったのだろうか。
(でも、なぜ?)
実際に、スライは、連邦警察が入り込んできていることは気づいていないようだし、知らされてもいないようだ。
(スライはカナンに信用されていないの?)
サヨコの沈黙を、モリのことを考えているとスライは感じたらしい。
「サヨコ、カージュの件について、感じたことを教えてくれ」
サヨコは頷いて、できるかぎりまとめて話した。
カージュのケース。
外見上はごくありふれた、『GN』の『宇宙不適応症候群』の発作の1つのように思える。
問題は、カージュという女性が富豪の未亡人で資産家であり、『GN』であるにもかかわらず、今までかなりの数の宇宙空間のフライトを楽しんだ経験があって、しかもまだ1度も本格的な『宇宙不適応症候群』を起こしたことがなかったということにある。
サヨコは治療にあたって、カージュの『GN』歴をチェックしてみたのだが、彼女は心理テストで『GN』と判断されたタイプで、症状発現に至らずに『草』を服用し始めた。月基地へのフライトさえこなしたことがあるカージュが、今回のようなステーションへのフライトで発作を起こすのは、極めて希な例だと思われる。
そこへ、カージュは今回服用した『草』が、いつものとは違って濃度が薄いような気がする、と言っていた。それは血液検査からも確認できた。つまり、彼女の『草』に対する生理的な感覚は正確だと言える。
そして、カージュはもう1つ、サヨコに重要なことを打ち明けていた。
『草』の濃度に関して不安を感じたカージュは、今回のフライトに対しては、通常の、朝夕各1粒という飲み方ではなく、もう1回増やして、朝昼夕と服用したと言うのだ。
もちろん、そうすると、予定期間よりは短期間しか宇宙に滞在できないが、それは日数調整すれば済むこと、それより、『宇宙不適応症候群』を起こすかもしれないと思う気持ちの方が大きかったのだそうだ。
だが、サヨコがカージュの『草』を確認したとき、1週間の滞在予定として渡された『草』は、残り11個になっているはずだったのに、きちんと12個入っていた。
これをどう考えるべきだろうか。
「カージュが嘘をついていた……または、嘘をつく気がなくても、錯乱していたので自分が言ったことを理解していなかった、ということも考えられますが…」
サヨコは考えながら、ことばを結んだ。
「誰かが、カージュの発作に際して、『草』をすり替えたのかも知れない」
「ちょっと、待ってくれ」
クルドが険しい顔で遮った。
「つまり、効果の薄い『草』があって、それがカージュに渡されていた、ということか? カージュが発作を起こしたために、効果の薄い『草』に関わっていた誰かが、発覚を恐れて『草』を密かに正規のものと取り換えた、そういうことか?」
サヨコは頷いた。
クルドがますます難しい顔になった。
「だが、もしそうだとすると……とんでもないことになるぞ。確かに『草』は『宇宙不適応症候群』に対して万能薬だが、数が限られている。連邦の元で管理されているからこそ、需要と供給のバランスが保ててるんだ。それが、どういう理由にせよ、連邦以外からでも供給されることになってみろ、『草』が欲しいけど手に入らない『GN』はごまんといるんだ、たちまち…」
「バランスは崩れ、パニックが起きる」
スライが冷えた声で引き取った。暗い顔は過去を重ねているのだろうか、緑の目が光を吸って重く深い穴に見える。
「物見遊山の金持ち宇宙旅行者が増え、本当に宇宙で生きていこうとする人間や、財力のない研究者には回らなくなってくる…それこそ、宇宙が支配欲で荒らされる」
「さっき…」
「ん?」
サヨコの声にスライは目を上げた。瞳がわずかに正気を取り戻したようだ。
「ファルプが、どうとかって」
「ああ…それには、どうして君があんなことになったのかが、先だな。ファルプに俺の場所を聞いた、と言ってたな。いったい、何があったんだ?」
「わたし…」
サヨコは少しためらった。が、
「モリのことについて考えてみようと思って…それにカージュの言っていたことも気になったし、あなたに、後5日、ここに滞在してもいいという許可をもらおうと思ったんです」
スライがぴくりと眉を上げた。
「だから、ファルプにあなたの居場所をきいて。その後、コーヒーを勧められて、少し飲みました。…たぶん、あのコーヒーに薬が入っていたんですね」
スライとクルドの間に視線が行き交う。
「それから、中央ホールに行って、あなたと話しているうちに、なんだかひどく眠くなって…」
「君が眠り込んだ後、中央ホールの換気が止められた」
スライがどこか冷ややかな声で言った。
「モリが死んでいたときの状況をすぐに思い出して、ホールから出て、クルドの部屋に運び込んだ。君がファルプから俺の居場所を聞いたと言っていたし、ひょっとして、と思ったせいだ。俺が入ったとき、換気は動いていた。だから、誰かが、君がホールに入ったのを確かめて換気を止めたことになる」
スライはいったんことばを切った。じっとサヨコを見つめる、その瞳がなぜか怒りを浮かべているようにサヨコには見えた。




