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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第5章『第二の草』

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7

 まず、モリのケース。

 モリはステーション整備士だった。とりたてて有能ではなく、このステーションが用済みになったら、地上へ降りるのも仕方がない、と言っていた。何かを深刻に悩んでいたふうも見られない。

 だが、ある日、中央ホールで多量の睡眠薬を飲んで、無重力状態で窒息死していた。

 事故か。自殺か。あるいは他殺か。

 事故とするには状況が不自然だ。自殺にしては原因がわからない。他殺と考えるにしても、いったい、誰が、なぜ、モリを殺さなくてはならなかったのか。

 調査は何も進んでいない。


「連邦警察への依頼もしたが、カナンはその必要はないと回答してきた」

 スライの皮肉な口調に、サヨコは心の中で首を傾げた。

 カナンは、サヨコには連邦警察の同行を告げている。ただし、極秘に、ということになっている。それはスライにも黙っていろ、ということだったのだろうか。

(でも、なぜ?)

 実際に、スライは、連邦警察が入り込んできていることは気づいていないようだし、知らされてもいないようだ。

(スライはカナンに信用されていないの?)

 サヨコの沈黙を、モリのことを考えているとスライは感じたらしい。

「サヨコ、カージュの件について、感じたことを教えてくれ」

 サヨコは頷いて、できるかぎりまとめて話した。


 カージュのケース。

 外見上はごくありふれた、『GN』の『宇宙不適応症候群』の発作の1つのように思える。

 問題は、カージュという女性が富豪の未亡人で資産家であり、『GN』であるにもかかわらず、今までかなりの数の宇宙空間のフライトを楽しんだ経験があって、しかもまだ1度も本格的な『宇宙不適応症候群』を起こしたことがなかったということにある。

 サヨコは治療にあたって、カージュの『GN』歴をチェックしてみたのだが、彼女は心理テストで『GN』と判断されたタイプで、症状発現に至らずに『草』を服用し始めた。月基地へのフライトさえこなしたことがあるカージュが、今回のようなステーションへのフライトで発作を起こすのは、極めて希な例だと思われる。

 そこへ、カージュは今回服用した『草』が、いつものとは違って濃度が薄いような気がする、と言っていた。それは血液検査からも確認できた。つまり、彼女の『草』に対する生理的な感覚は正確だと言える。

 そして、カージュはもう1つ、サヨコに重要なことを打ち明けていた。

 『草』の濃度に関して不安を感じたカージュは、今回のフライトに対しては、通常の、朝夕各1粒という飲み方ではなく、もう1回増やして、朝昼夕と服用したと言うのだ。

 もちろん、そうすると、予定期間よりは短期間しか宇宙に滞在できないが、それは日数調整すれば済むこと、それより、『宇宙不適応症候群』を起こすかもしれないと思う気持ちの方が大きかったのだそうだ。

 だが、サヨコがカージュの『草』を確認したとき、1週間の滞在予定として渡された『草』は、残り11個になっているはずだったのに、きちんと12個入っていた。

 これをどう考えるべきだろうか。


「カージュが嘘をついていた……または、嘘をつく気がなくても、錯乱していたので自分が言ったことを理解していなかった、ということも考えられますが…」

 サヨコは考えながら、ことばを結んだ。

「誰かが、カージュの発作に際して、『草』をすり替えたのかも知れない」

「ちょっと、待ってくれ」

 クルドが険しい顔で遮った。

「つまり、効果の薄い『草』があって、それがカージュに渡されていた、ということか? カージュが発作を起こしたために、効果の薄い『草』に関わっていた誰かが、発覚を恐れて『草』を密かに正規のものと取り換えた、そういうことか?」

 サヨコは頷いた。

 クルドがますます難しい顔になった。

「だが、もしそうだとすると……とんでもないことになるぞ。確かに『草』は『宇宙不適応症候群』に対して万能薬だが、数が限られている。連邦の元で管理されているからこそ、需要と供給のバランスが保ててるんだ。それが、どういう理由にせよ、連邦以外からでも供給されることになってみろ、『草』が欲しいけど手に入らない『GN』はごまんといるんだ、たちまち…」

「バランスは崩れ、パニックが起きる」

 スライが冷えた声で引き取った。暗い顔は過去を重ねているのだろうか、緑の目が光を吸って重く深い穴に見える。

「物見遊山の金持ち宇宙旅行者が増え、本当に宇宙で生きていこうとする人間や、財力のない研究者には回らなくなってくる…それこそ、宇宙が支配欲で荒らされる」

「さっき…」

「ん?」

 サヨコの声にスライは目を上げた。瞳がわずかに正気を取り戻したようだ。

「ファルプが、どうとかって」

「ああ…それには、どうして君があんなことになったのかが、先だな。ファルプに俺の場所を聞いた、と言ってたな。いったい、何があったんだ?」

「わたし…」

 サヨコは少しためらった。が、

「モリのことについて考えてみようと思って…それにカージュの言っていたことも気になったし、あなたに、後5日、ここに滞在してもいいという許可をもらおうと思ったんです」

 スライがぴくりと眉を上げた。

「だから、ファルプにあなたの居場所をきいて。その後、コーヒーを勧められて、少し飲みました。…たぶん、あのコーヒーに薬が入っていたんですね」

 スライとクルドの間に視線が行き交う。

「それから、中央ホールに行って、あなたと話しているうちに、なんだかひどく眠くなって…」

「君が眠り込んだ後、中央ホールの換気が止められた」

 スライがどこか冷ややかな声で言った。

「モリが死んでいたときの状況をすぐに思い出して、ホールから出て、クルドの部屋に運び込んだ。君がファルプから俺の居場所を聞いたと言っていたし、ひょっとして、と思ったせいだ。俺が入ったとき、換気は動いていた。だから、誰かが、君がホールに入ったのを確かめて換気を止めたことになる」

 スライはいったんことばを切った。じっとサヨコを見つめる、その瞳がなぜか怒りを浮かべているようにサヨコには見えた。


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