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サヨコはケースを受け取り、とりあえず、開いて1粒、『草』を飲んだ。
『草』は作用に余裕期間が見込んであり、最長、丸1日『草』を飲めなくても大丈夫なように調整されているはずだ。それを思い出したのと同時に、サヨコは眠り込む前に考えていたことを思い出した。
アクリルケースの蓋を閉め、膝の上にのせた両手で包み、クルドを見上げる。
「クルド……スライはどこに?」
「あんたが目を覚まし次第、モリのケースについて話し合わなくてはならないと言って、資料を揃えに行っている」
クルドは柔らかく笑って付け加えた。
「体を張った甲斐があったな」
「そんな…」
クルドが片目をつぶって見せるのに、サヨコは顔が熱くなって俯いた。
(わざと危険を冒したわけじゃないのに)
考えて、クルドの控えめな説明が、本当はサヨコは死ぬところだったのだ、と言っているのに気がつく。少なくとも、このステーションの中には、サヨコが動くと困る人間が1人、或いはそれ以上いるのだ。
サヨコの頭に、中央ホールへの道を教えたファルプと勧められたコーヒーが過った。
(まさか、ファルプが?)
「俺だ。入るぞ」
唐突にドアの向こうから声が響いて、サヨコは顔を上げた。立ち上がったクルドが、入ってきたスライの手から小さなプレートを受け取る。
「ほほう、これはこれは」
プレートの上を見たクルドが嬉しそうに笑って、サヨコの方へプレートを差し出した。
プレートには、小さなレーズン入りのパンとポタージュスープ、乾燥ピーチが載っている。
「ファルプが目を覚ましたから、こっちもそうだろうと思って持ってきた。これぐらいなら食べられるだろう」
スライがドアを閉め、まるで自分が配慮するのは当然のことだと言う様子でサヨコを見る。
サヨコは予想もしていなかったスライの対応の優しさに戸惑った。
(どうして、わたしにこんなことを?)
スライがじっとこちらを見ているのに、慌てて笑い返す。
「あ…あの、はい、ありがとうございます」
一瞬厳しい顔を緩めたスライは、すぐにうっとうしそうに眉をひそめた。
「改まらなくてもいい、と言ったはずだ」
その声が前ほどそっけなく聞こえない。スライはそれ以上の文句は言わず、クルドが座っていた隣の椅子に腰を下ろした。
「さあ、少しでも食べられるようなら、食べておきなさい」
万事心得たように、クルドが促す。
「あ、はい」
サヨコは姿勢を正すと、手に持っていたアクリルケースをベッドに置き、プレートを受け取って膝にのせた。スプーンを取り上げ、ゆっくりとポタージュスープを口に運ぶ。目の前で監視するように構えて見ているスライは気になったが、食べ出すと意外に食欲がわいて、パンもピーチもきれいに片づけてしまった。
「あの…おいしかったです……ごちそうさまでした」
「丁寧なのはいいが…」
スライがサヨコの膝から空のプレートを持ち上げ、壁際の棚に載せてフックで止めた。すぐにサヨコを振り返り、
「そういうやり取りじゃ、これから先の話に手間がかかる。事は、もう、モリのケースだけじゃなくなったんだからな」
「というと」
クルドがそれまでの穏やかな微笑を消して、緊張した声になった。厳しい目でスライに尋ねる。
「ファルプは何も知らない、と言ったのか?」
スライは軽く溜め息をついた。再び元の椅子に腰を下ろして、
「とりあえず、事実を整理しよう。サヨコにも、そのほうがわかりやすいだろうから。そのうえで、モリのケースと今回のサヨコのケースを考えた方がいい」
(モリのケースとわたしのケース?)
サヨコはスライが、モリの件とサヨコのことを同レベルで扱ったのに驚いた。察してか、スライはことさら淡々とした、感情の起伏のない口調で言った。
「今、俺達にわかっている情報は3つの事件に絞られる」




