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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第5章『第二の草』

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4

 スライはサヨコをクルドの部屋に運び込んだ。

「そういうわけか」

 始めは驚いたクルドも、事情を聞くと、ソファベッドで眠っているサヨコを考え込んだ目で見つめ、納得をもらした。無言のスライを見やり、先を促す。

「それで? あんたがここへサヨコを運び込んだのは、ファルプを疑ってのことか?」

 運び込んだ後、サヨコからことさら離れた戸口で自分の体を抱くようにして立っていたスライは、目を細めたまま答えた。

「サヨコを殺すつもりだったにしては、俺が中央ホールにいる時間を狙ったり、直前までサヨコが接触していたのがファルプしかいなかったり、どうにも不手際すぎる。疑ってください、と言っているようなものだ」

 考えたくないもう1つの可能性を、スライは無理に口から押し出した。

「だが、サヨコへの脅しというのなら、十分効果はあっただろうな。サヨコはモリの死について調べ始めていたようだし、あまりうるさく嗅ぎ回ってくるなら、モリの二の舞いを覚悟しろということだとすぐにわかる。もっとも、それにしても、こういう状況で脅しをかければ、かえってモリの死に不審を抱かせるだけだ。それにファルプが気づかないとは思えないが」

 クルドもゆっくり腕を組んだ。

「結果としては?」

「まだ……何とも言えん…」

「だから、動きを待っているのか」

 クルドはちらりと笑った。

「どちらにせよ、サヨコに睡眠薬を盛り換気を止めた人間は、遅かれ早かれ結果を確かめようとするはずだ」

 スライは自分の声がひんやりとしているのに気がついた。

(結果? 結果だと?)

 サヨコが1人、あの暗闇のホールで眠り込み、あるいは身動き取れなくなる恐怖に発作を起こしていくような目に合うのを望んでいるやつがある、だと?

 じりじりとした苛立ちがスライの胸に食い込んでくる。

 再びクルドが意味ありげに笑った。

 その笑みを見咎めて、スライは眉を寄せた。

「何だ?」

「いや」

 クルドの笑みがより広がった。

「サヨコを嫌ってたわりにはいい判断をすると思ってな。『日本人』なぞ、どうなってもよかったんじゃないのか」

 内容ほどには皮肉がこもってない、温かな声でスライをからかう。

「ここは俺の船だ」

 言い捨てて、それでも消えないクルドの笑みをあえて知らぬ顔でベッドで眠るサヨコに近寄った。

「サヨコのためじゃない。俺の場所で、誰にも勝手なことをさせる気はないからだ」

「ああ、そうだろう」

 クルドはそれ以上突っ込む気はなかったらしい。あっさり同意した。

 サヨコは安らかな寝息をたてている。薬は少量だったようだし、殺すつもりはなかったのだろう。

 だが、あのとき、スライが中央ホールに『絶対いた』とは言い切れないのだ。モリのときのように、仕事で遅くなって行かなかったかもしれない。

 もしそうだったら、サヨコは無重力に不馴れだ。エレベーターを出て、うまくバランスを取れずにホールに漂い、そのまま眠り込んでいったかも知れない。無重力空間で他に誰もいないときにはフィクサーを携帯する、という基本的なことさえ知らないサヨコは、眠り込む前にホールを出て助けを求められなかっただろう。

 だが、逆に考えればフィクサーで固定しないサヨコの体は眠り込んだとしてもあちらこちらと漂ったはずだ。漂っていれば、吐き出した二酸化炭素が顔を覆い尽くすことはない。ましてや、漂いながらホール中の酸素を使い尽くすほどの時間、サヨコが放置されていたとは思えない。

 となると、やはりこれは、殺意によるものというより、脅迫ととったほうがいい。

 換気はスライが入ったときには動いていた。だから、換気を止めた人間は、サヨコがホールに入るのを確かめて、スイッチを切ったことになる。

(もし、そうだったら)

 スライはサヨコに目を据えた。

 さっきまで抱えていた細い体が、ベッドに埋まり込むように横たわっている。胸がわずかに上下しているから生きているとわかる、静かな寝息だ。

 結局、サヨコの安全はここにもなかった。スライの手の中で、やはりサヨコは追い詰められ、殺されかけたのだ。

(俺の船の中で好き勝手なことをしやがった奴がいる。そいつにサヨコが)

 スライは唇を引いた。胸の中に凍りつくほど冷たい怒りがにじんでいた。体を起こし、クルドに命じる。

「サヨコを見ていてくれ、ファルプに会ってくる」

「わかった」

 スライはわずかに肩を怒らせて、クルドの部屋を出た。

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