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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第5章『第二の草』

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2

 スライは中央ホールで、いつものように身をまかせるような姿勢で浮いていた。身体のどこにも妙な力を入れず、ただ漂っている。

 そうやって、心身ともに緊張を強いられる、『一般人』を受け入れる宇宙ステーションの責任者である負担を巧みに拡散させる術を、スライは当然のように習得している。それが『CN』であるということ、宇宙に適応しているということ、なのかもしれない。

(サヨコ・J・ミツカワ……)

 黒髪の、『GN』の、日系の、女。

(『GN』は宇宙でどうやって適応するんだろう)

 ふとスライは思った。

(不安だったり、緊張したり、疲れたりした時には)

 今までそんなことは考えもしていなかった。

(ひょっとして、適応の形の1つが『宇宙不適応症候群』なんだろうか)

 発作を起こし、外界と自分を切り離すことで宇宙に居ることに対する衝撃を切り抜ける。

 それはつまり、宇宙にある何かの要素に対して『GN』の方が敏感だということなのではないだろうか。だからこそ、彼らは地球で暮すことを『種』として選んだ。つまり、『GN』にとって宇宙は不要なものだということではないのか。

(なのに、宇宙へ上がってきたがる『GN』がいる。自分が発作を起こす危険を犯してまで)

 いったいなぜなのだろう。

 スライの思いは再びサヨコに戻った。

 報告ではカージュの回復は順調、明日にも客室に戻れるだろうとのことだ。

 そうなれば、サヨコを地球に帰さなくてはならない。

(そうなれば、もう、2度と会うこともない…)

 不安定な奇妙な切なさがスライの胸に満ちた。

 カナンには、あの後も連絡が取れなかった。あるいは、故意に、スライからの通話をつながないようにしているのかもしれない。

(向こうがその気なら、強制的にでもサヨコを送り返すだけだ)

 思いながらも、以前ほど強引に実行に移す気になれない自分がいるのを感じる。

(あのサヨコを見たせいだ)

 確かに、サヨコの、心理療法士としての腕は認めざるを得ない。サヨコがいれば、ひょっとすると、モリの死は防げたかもしれない。

 だが、モリは死んでしまったのだ。死人に心理療法士が役立つとは思えない。

(だが、ひょっとして)

 スライは胸の中の呟きに気がついている。

(ひょっとして、サヨコなら、モリの死を解明するかもしれない)

 スライは小さな吐息をついて腕を組んだ。眉をしかめ、体を抱え込むようにして丸くなる。無重力ではことさら筋肉を酷使する姿勢なのだが、今はなぜか自分の体に負荷をかけてみたかった。力を込めてぐいぐいと浮き上がった足の先を見つめながら考える。

(だが、いまさら、どうやって調査を依頼する?)

 スライはあまりにもサヨコに反感をもたれすぎている。もちろん、それはスライ自身が招いたことではある。ファルプやクルドに依頼してくれと頼むのも気が引ける。

(何よりも、俺は…)

 サヨコに話しかけて、また、あの怯えた目で見られるのが辛いんじゃないのか。

(ばかな)

 胸の中で否定したとたん、力を込め損ねて、ばらっと体が広がった。吐息をついて、そのまま疲れた筋肉を休ませる。再びぼうっと暗いホールを見つめていると、ふいに視界の端に光が灯った。ゆるゆると体を倒してそちらを見ると、エレベーターのドアが開いて、なんと当のサヨコが姿を現し、スライはうろたえた。

 一瞬隠れようかとまで考え、寸前に踏みとどまる。

 エレベーターから出たサヨコは、周囲の光景に飲まれたように凍りついていた。サヨコの目には、宇宙そのもののように見えたのだろう。入り口に不安そうに掴まったまま、スライを探すように顔を動かす。それに従ってまとめていない髪の毛がふわりと背後からサヨコのまわりに広がって、廊下の灯を遮り、その先端でちらちらと細かい光を散らせた。

(まるで……背中に宇宙を背負ってるみたいだ)

 スライは不思議な気持ちに襲われて、しばらくその光景に見入った。

 サヨコはあちこちを向き目を凝らしている様子だったが、それでもスライを見つけられなかったのだろう、細いかすかな声で呼んだ。

「スライ…船長…?」

「スライでいい、と言ったはずだ」

 サヨコが声をかけるまで黙っていた自分がふいに気恥ずかしくなって、スライはぶっきらぼうに応じた。腰につけていたフィクサーを使って壁に位置を固定し、ゆっくりとサヨコの側へ泳ぎ寄って行く。

「何か用か?」

「ファルプがここだと教えてくれたので……お好きな場所だそうですね」

 サヨコがじっとスライを見上げた。黒い瞳がつやつやと濡れている。思わず眉を緩めて見愡れそうになって、危うく自制した。同時に相手のことばに引っ掛かる。

(ファルプはそのまま呼ぶのか)

 何だか無性にいらいらした。むっつりと、

「君に関係はないだろう。用件は?」

「あ…あの…」

 サヨコはスライの不機嫌を感じたらしい。おどおどとした様子になって、慌ててエレベーターの出口を押して、スライの方へ近づこうとした。

「あ、待て…」

「きゃ…」

 スライの制止は遅かった。無重力空間に慣れないサヨコはバランスを崩し、くるくる回りながらとんでもない方向へ飛ばされていく。

 小さく舌打ちをしたスライは、フィクサーを外し壁を蹴って方向を変え、サヨコを追った。周囲の壁にぶつかる寸前で、ぎりぎりサヨコの手を掴み、自分の胸に抱え込むような形でかばいながら、迫った壁に軽く足を突いて衝撃を和らげる。同時にフィクサーで再度位置を確保した。

「あ、ご、ごめんなさい、わたし、何かふわふわして…」

 スライの腕の中にすっぽりと抱き込まれた状態になって、サヨコはみるみる赤くなって弁解した。身体を小刻みに震わせている。スライの叱責を恐れたのだろう、緊張を満たした固さだった。

 そのままバランスを保とうとしていたスライは、ついつい相手の警戒心に意地悪い気持ちになった。これみよがしに溜め息をついて応じる。

「無重力でふわふわするのは当たり前だと思うがね。用件は?」

 サヨコは自分の体を見回して、困ったようにスライを見上げた。

 サヨコのしなやかな身体は深くスライの腕に包まれている。スライは決して大柄ではないけれど、それでもサヨコの身体を抱え込むには余裕を残している。

「あ、あの…」

 サヨコがためらいがちに声をかけてきて、スライは我に返った。相手の視線の意味を十分理解して、もう一度溜め息をつく。

(俺に抱かれて困ってる…?)

 その思いが口調をより冷ややかにさせた。

「こっちも、こんな妙な格好で話したくはないが、君がうまく姿勢を保てないのだから仕方ないだろう? 手を離せば、それこそ話どころではなくなる。迷惑をかけていると思うなら、手早く用件を済ませてくれ」


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