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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第1章 『アース・コロニー』の少女
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3

 サヨコがドアの向こうへ姿を消すと、フィスは軽い吐息をもらして、デスクの電話に向き直った。画像スイッチをいれかけて考え込み、首を傾げたまま呟く。

「……どうするかな……カナンから何か読めるとも思えないし」

 ちらりとサヨコが出て行ったドアの方を見て、ぼやき口調で続けた。

「……サヨコがもめるとは思わんが…何せ、純、に近い日本人家系だからな。へたにこじれて、後で『GN』への差別だの偏見だのと訴えられても困るし。まったく、やっかいだよ、日本人も『GN』も。それが両方とはね、いやいや…」

 唇を歪めるように笑って、画像スイッチを入れる。

 のっぺりした液晶画面の左半分がすうっと透明になり、小さな画面が現れた。鮮やかなスカイブルーに染まり、そこに『しばらくお待ちください』の決まり文句が浮かぶ。

 右半分の表面に軽く指を触れて、フィスは回線がつながるのを待った。

 同じ大陸内でも、地球連邦中央部へのコンタクトはチェックが厳しい。特にフィスが連絡しようとしている総合人事部は、連邦の人事を一手に管理する機関だから、通常ならば各管理部の部長クラスでもなかなかコンタクトしにくい。

「だが、俺は別だ」

 フィスは誇らしげに呟いた。

 フィスは総合人事部に『コネ』を持っている。ただの『コネ』ではない。3代近くかけて、この大陸隆起時から作り上げてきた『コネ』だ。

 フィスの祖父はもともとオーストラリアに住んでいた。あの地殻変動と、それに伴う社会変動の時代、祖父は周囲の俊巡をよそに、いち早くこの大陸に移民した一人だ。それと同時に、地球連邦の中央部に医療関係者として入り込み、10年後には中核に近い位置をしめていた。

 フィスの父親は宙港で働く技術者で、祖父に比べると調和を重んじる穏やかな男だった。人望があり、やはり宙港施設の増改築に多大な貢献をした。

 輝かしい祖父と父親の業績に比べてフィスが優れているのは、人間のあしらい方と自分の欲望の満たし方ぐらいだったが、既に作り上げられた組織で働いていくには、祖父達よりもフィスの方がはまりがいい。

「そうとも、人間には分相応ってものがあるんだ」

 呟く声とは反対に、フィスは少し唇を噛んだ。

「俺はうまくやっている。じいさんにはじいさんのやり方があったんだ。俺には俺のやり方があるさ」

 フィスは部下達が、彼の能力を父達と比較しているのを知っている。

(けれども、あれは特別な時代だった。誰もが、何をしても英雄になれた時代だったんだ。それに)

 自分は人類の進化である『CN』だ、とフィスは1人ごちる。

 人類の宇宙時代を担う素質と栄冠を神から与えられている人間だ。今は確かに『CN』であっても、こんな地上勤務に甘んじているが、いつかはきっと。それまでは、人事管理部の『コネ』と地位を楽しんでいればいいことだ。 

 唐突にスカイブルーの画面の文字が変わった。

『所属と姓名をどうぞ』。

 フィスは右半分に出た指紋照合の小さな四角に指をあてた。その上の真っ黒な正方形、網膜識別部を覗き込みながら、ゆっくりと答える。

「医療セクション、フィス・G・オブライエン」

 ちか、と画面が瞬いて、再び文字が変わった。

『先方の所属と姓名をどうぞ』。

「総合人事部、カナン・D・ウラブロフ」

 画面は数秒後に答えを返した。

『ただいま回線が塞がっております。今しばらくお待ち下さるか、お掛け直し下さい』

「…お忙しいってことだ」

 フィスは指先を画面から離し、椅子の背にもたれた。腹の上で指を組み、のんびりと首を左右に捻る。見るともなしにデスクの書類に目をやり、

「今までカナンがこんなミスをしたことはなかったんだがな……さすがの女王さまもお年を召された、か?」

 独り言が消えるか消えないかで、画面が瞬き、画像が変わった。

 一昔前の木製の書棚に木製のデスク、それらの中に悠然とした気品をたたえて、1人の女が座っている。プラチナ・ブロンドに薄い緑色の目、細面のまばゆい美貌だ。

 カナン・D・ウラブロフ。

 もう50になろうとしているはずだが、その厳しい表情やときおり見せる魅力的な微笑は年齢を感じさせない。地球連邦の要とも言われる総合人事部の部長として10年、第一線を走り続けてきた。

 フィスは、彼女の顔を見るたびにいつも感じる緊張感を悟られまいとして、ことさらのんびりした口調で呼びかけた。

「やあ、カナン」

『なあに。私は、忙しいの』

 微かに眉を寄せて応じる、その声に冷ややかな響きがあった。

 フィスは体を立て直し、画像に屈み込んだ。

「わかっているよ」

 頷きながら、微笑みかける。

「こちらも遊びで呼んだんじゃない。この間こちらに届いた指示のことなんだが……覚えているかい?」

『医療セクション?』

 カナンは少し瞳を彷徨わせた。が、すぐに、

『ええ、覚えているわ。ステーションに行ってもらう心理療法士のことね?』

「ああ。珍しいこともあるもんだが、ミスをしていたよ」

 フィスは皮肉に響きそうになる声を抑えた。

『ミス?』

 カナンの眉がぴくりと上がった。見る見る顔に広がっていく不愉快そうな表情を隠そうともせずにことばを返してくる。

『私にミスはありえないわ』


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