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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第4章 サヨコ・J・ミツカワ

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6

 サヨコはスライに送られたときのまま、部屋のソファベッドにぽつねんと座っていた。足元の鞄に目を落とし、背中を丸めて、何度目かの溜め息をつく。

(スライはわたしを必要としない)

 いや、厳密には、『必要としているのは、君ではない』と言ったのだ。

 のろのろと目を上げた。

 窓から、青く沈んだ色の地球と吸い込まれるような暗闇が見えた。地球は今、夜……地球で見るより遥かに大きな月が、同じ暗闇にはめ込まれている。宇宙ステーション内での時間も、もうそろそろ就寝時間になっているはずだ。

 サヨコは立ち上がって窓に近づき、そっと両手を押し当てた。ひんやりとした滑らかな表面は、彼女の手を受け止めず、触れるのを許すだけ、という気配がある。窓の向こうに、くっきりとした地球と月がある……決してサヨコには触れられない遠さの中に。そして、それらの間をひたひたとうずめる、広大な宇宙の海……。

(自分は要らない、のだ)

 サヨコはそう悟った。

 自分は、この世界のどこにも、必要がない。

 窓から離れてソファベッドに戻り、鞄を開けたサヨコは、『草』の入ったアクリルケースを取り出してじっと眺めた。

 12個に減った『草』は、後6日間の宇宙での生活を約束してくれていたはずだった。なのに、サヨコはこれを使い切らないまま、ステーションを去る。

 アクリルケースは、1週間も持たなかった、サヨコの夢の残骸だった。

 アクリルケースを開ける。今日の分はもう飲んでいる。部屋の隅にある簡易トイレを見る。白いセラミックの蓋で覆われたトイレは、万が一無重力になっても使用できるように吸引式になっているはずだ。

 サヨコはゆっくり立ち上がった。

 アクルケースを手に、夢の中のような足取りでゆっくりとトイレに近づいていった。

 こんこん。

 唐突に響いたノックに、サヨコは我に返った。ぎくりと体を震わせたせいで、アクリルケースから『草』がこぼれて床に散る。

「あ…!」

「サヨコ? どうした? 入るぞ、いいね?」

 あわててしゃがみこみ、『草』を集めにかかるサヨコの後ろで声がして、ドアが開いた。

「どうした?」

 クルドだ。急ぎ足に近づいてくる。

 とっさにどう言い繕ったものかわからなくなって、サヨコは振り返らずに、

「あ…あの……わたし…『草』をこぼして…」

「『草』を? それはまずい」

 クルドの声は一気に緊張した。すぐにサヨコの隣にしゃがみこみ、必死に床にこぼれた青い粒を追い始めた。

「きちんと見つけないと。1粒でも足りなかったら大変なことになるんだろう? あんたが苦しい思いをするんだからな」

 不安そうに呟きながら、懸命に探してくれる。その姿を奇跡に出くわしたような思いで、サヨコは呆然と見た。

(心配してくれている? 『CN』なのに? 自分は関係ないことなのに?)

「大丈夫か? 揃っているか?」

「あ、は、はい」

 尋ねられて我に返り、サヨコも慌てて『草』を集めた。十数分かけてようよう12個、何とか探し出し、サヨコは吐息をついて立ち上がった。

 丁寧にアクリルケースの蓋を閉めて鞄に片づけていると、同じように溜め息をついて立ち上がったクルドが、静かに尋ねてきた。

「今ごろ『草』を飲むのかい?」

「いいえ……もう今日の分は飲んでるんですけど……つい、きれいだな、って見ていたんです……誰か来るなんて思わなかったから驚いて…」

 立ち上がりながら考えた言い訳を口にして振り返ると、こちらをひたと見つめているクルドに気がついた。軽く腕を組んだ姿勢、納得しかねて警戒の表情を浮かべている。

(だめね、この人はごまかせない)

 サヨコはそっと笑った。

「ちょっと…ショックで……『GN』なのはわかっていたけど……これほど脆いとは思わなく…」

 ことばが途切れた。震える口元をとっさに押さえたのに、指に熱いものが流れてきて混乱する。こんなところでなぜ急に泣き出してしまったのかわからない。戸惑いながら、サヨコはクルドから目を逸らせて急いで背中を向けた。

「わかるよ」

 クルドは優しい声で応じた。

「『GN』だと知っているのと、そうだ、とわかるのは別のものだ」

 意外なことばに、目元を拭いながら振り返ったサヨコは、クルドが腕を解き、後ろ手にドアを閉めながら微笑むのを見た。

「スライを許してやってくれ。あいつは悪い人間じゃない…ただ、昔のことが…忘れられないんだ。…人はそういうものだが」

 わずかに首を傾げて目を瞬かせる。

「昔の…こと?」

 サヨコの脳裏にスライの暗い緑の目がよみがえった。

「そう…ずいぶん、昔のこと……あいつが10歳のときのことだ。今はもう、あいつには身内がいない」

 サヨコはびくっとした。揺れかけた心をクルドの話に集中することで抑える。

「だが、本当なら、両親と妹がいる。10歳のとき、あいつの住んでいた地方で暴動があって、家族も家もなくしたんだ。そのとき、襲ってきたのが、日本人を先頭とする集団、だったそうだ」

「日本人…」

 サヨコはことばを失った。

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