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スライは茫然として画面を見た。
「7%? ステーション事故でも、もう少し生存率があるぞ……それに…何だ、この検査数は…?」
食い入るように画面の文字を追う。
「1日平均……20、だと? 心理検査……年間502…? 15年間経過観察対象に指定……これで、まともに暮らせたのか…?」
ファルプは少し眉を上げて、肩をすくめて見せた。
「シゲウラ博士がガードしてそれだからな。放っておかれていたら、今ごろは別な場所で暮らしていただろうね……研究対象のエリート、として」
(だから、あんなふうに…)
人間扱いされなかった、と呟いたサヨコの虚ろな表情が甦った。
「何がエリートだ」
(4歳の少女を、だと? あんなになるまで?)
沸き上がってくる嫌悪感に苛々した。
「優秀な実験材料として、だろう。これだから、『GN』って奴は……」
スライのぼやきに、ファルプが首を振った。
「残念ながら、サヨコを研究対象にしたのは、もっぱら『CN』だったはずだ」
「な…に?」
スライはぎょっとしてファルプを見た。
「たぶん、種としての『CN』の優位性を立証しようとしたんじゃないのかな。ほら、ここだ。検査の5分の4が『CN』の学者によって行われている」
(『CN』が、自分達が優れていると確かめたいから、サヨコをあそこまで追い込んだっていうのか?)
無言の問いかけを感じ取ったのだろう、ファルプは溜め息をついた。
「サヨコが今回の発作を起こしたのは、宇宙へ出たからだけじゃないと思うね。彼女はカナンの命令に従わなくてはならなかった。けれども、本当は、サヨコこそ、ここへ来たくなかったんじゃないのかな。彼女は以前宇宙で発作を起こし、『CN』のただ中で実験材料の『GN』として暮らした。それしか生きる方法がなかったんだが」
物言いたげなスライに頷いて見せる。
「うん、彼女は『CN』の両親をもっていてね。両親は彼女を残して月基地『神有月』に移民している。彼女は地球に残るしかなかったんだ。護ってくれるはずの両親は彼女から離れた、おまけに、そこは、彼女を人間としては扱ってくれない環境だった。彼女にとってはひどい苦痛だっただろう」
ファルプは画面にじっくりと見入った。
「今回の任務は、その彼女にもう一度、同じ状況を再現してみろ、と無意識に命令しているようなものだ。『草』で発作を抑えきれたとは思わない。むしろ、よく持ち直したというところだ…やっぱりサヨコは『タフ』だったんだよ」
スライは唇を噛んだ。やがて、呻くように、
「カナンの野郎……とんでもないのを押しつけやがって…」
「案外…」
ファルプは画面から振り向いた。苛立っているスライに、火に油を注ぐような能天気さで付け加える。
「カナンの狙いは、そこにあったんじゃないか? サヨコは『タフ』で有用な素材だ。だが、総合人事部が彼女に対して権限を持つのも、ぼちぼち時間切れになる。サヨコが20歳になれば、彼女は連邦の拘束力を逃れて自分の人生を選択できることになっている。居心地の悪い連邦に腰を据えるとは思えないね、どこかへ移っていくだろう。彼女は優秀な心理療法士なんだから。そこへ今回のケースだ。サヨコを派遣するには絶好の機会、うまくいけば、サヨコの新しい実験ができ、データが手に入る、というわけだ……おい、スライ?」
(じゃあ、何か、サヨコは『GN』からも、単なる実験材料としてしか評価されていないってことか?)
気弱な笑みを浮かべて自分を見上げていた黒い瞳が、何を見てきたのかを想像して、スライはぞっとした。
(そんな相手に、俺は…)
スライも思いっきりひどくサヨコを突き放してしまったのだ。お前は必要じゃない、と。
わけのわからぬ痛みが胸を刺し、スライは身を翻した。肩越しにファルプに、
「とにかく、1度カナンに噛みついてやる。そのうえで、サヨコの処分を考える、どちらにせよ、今のままではサヨコは…お荷物なんだ。突き返す理由は十分だろう」
(そうだ、それなら、なおさら宇宙はまずい。だからサヨコを帰すんだ。俺が傷つけたからじゃない)
スライは胸の中で続く弁解を聞くまいとして、荒々しい動作で医務室を出た。




