1
歓迎されてはいないだろう、とサヨコもどこかで思っていた。
『CN』の中に『GN』が、それも、連邦からの調査官として入るのだから。
だが、これほど明確な拒否反応を、それも責任者であるスライ、サヨコが唯一きちんと話を通さなくてはならない相手から示されるとは、思ってもいなかった。
くせのある黒い髪が首元あたりでカールしている。瞳は暗くて深い緑だ。整った東洋系の目鼻立ちに、不愉快そうな険しい表情を刻んで、スライはこちらを見つめている。
開いたドアを境に、2人の男とサヨコの間には奇妙な沈黙が横たわったままだ。
それを、どう乗り越えたものか、サヨコは途方に暮れた。
きっかけを作ったのはファルプだった。
「……ああ、もう大丈夫かね?」
丸い鼻、丸い顔、やや赤みがかったピンク色の肌、赤い髪に青い瞳。それらが白衣を着た丸い体の上に乗っている姿には、誰でも警戒心を解くだろう。ファルプはその容貌の適切な生かし方を心得ていると見えた。にこりとサヨコに笑って見せ、スライを振り返る。
「その通り、この男がスライ・L・ターン。口の悪い切れ者だよ。私はファルプ。ファルプ・A・B・C・コントラ。ステーションの医師を務めている」
「A・B・C? 本名、ですか?」
サヨコはファルプの心遣いに感謝して話題に乗った。
「本名だとも。母親が特徴のある名前を欲しがってね。おやじが夜も寝ずに考えた。結果がアルト・ビスタス・セルジ。コントラ、でなくてデニトル、ならAからFまでそろったんだが……もっとも、ドクター、になったから、そっちで間に合わせたよ」
ファルプはウィンクして見せた。
「……ああ…」
ぼんやりしていた頭にようやくファルプのジョークがしみてきて、サヨコはかすかに笑った。相変わらずむっつりしていたスライが唐突に口を挟む。
「それで? あんたはもう働けるのか?」
「スライ…」
ファルプが眉を寄せた。
遠回しなファルプの窘めにも構わず、スライはサヨコを凝視している。暗いグリーンの目が、サヨコの心の奥を覗き込もうとでもするようだ。
(緑は、何だか、こわい)
サヨコはカナンの酷薄な目を思い出した。鋭くて冷ややかな視線。それと同じ視線が何百も何千も、壁という壁から、視界いっぱいに存在して彼女を覗き込んでいる、そんな気配に一瞬目眩を覚える。
それはよく知った気配だ。サヨコの内の内側まで検分し探る、実験動物を見る視線だ。
サヨコは脳裏に広がりかけた記憶を必死に切り離した。瞬きをし、ゆっくりと呼吸し、答える。
「はい。もう…大丈夫です」
「それはよかった」
サヨコのためらった口調を、スライはきっぱり切った。
「このステーションは、病人を預かる場所じゃないからな。部屋を用意させている。案内しよう」
「あ、はい」
(有無をいわさないやり方も似てる)
サヨコはあわてて身支度を整えた。まだ少し、頭の中心がぼうっと過熱していて、動くとくらくらする。だが、ここでもう少し休みたいと言えば、日本人嫌いだというスライは、ますます冷たい対応になるだろう。
心配そうなファルプの目にそっと笑み返して鞄を持ち、スライに向き直った。ゆっくり頭を下げる。
「あの…よろしくお願いします」
「こっちだ」
スライはサヨコと会話しているつもりがないように答えた。向きを変えて、1人でさっさと医務室から外に出て行く。サヨコはファルプにも頭を下げて、あわててスライの後を追った。
廊下を先にたって急ぎ足に歩くスライの動作は軽い。
(宇宙に慣れているんだ)
胸の奥から、スライに対する羨望の気持ちが沸き上がってくるのを感じた。
もし、サヨコがスライのように、宇宙で暮らせたならば。
月基地へ移民する父母について行けたならば。




