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スライは、親しげに落ち着いて、『新・紅』の責任者として歓迎のスピーチをまとめた。終わると、それぞれの客はツアーコンダクターの指示に従い、ステーションの中を移動して客室へ入って行く。その中にまじって、昔の外洋クルージングの船長よろしく会話し、説明している間も、スライは微笑みを絶やさなかった。
だが、途中で客達から離れ、ファルプが詰めている医務室へ向かい始めると、スライは顔をしかめた。
「来るや否や、医者がいる奴に何ができるんだ」
吐き捨てるように呟いて医務室のドアをノックする。
「どうぞ」
ファルプのいつも明るい陽気な声が答えるのを待たず、スライはドアを開けた。
「よう、スライ。反応が早いね。こちらはアイラ。アイラ、スライ船長だ。もっとも、ここは船じゃないけどね」
白衣を丸っこい肩に引っかけた、ころころした体格のファルプ医師が、お伽噺の登場人物を思わせる人なつっこい笑みを浮かべて、側に立っていた女性をスライに紹介した。
「こんにちは、アイラ。ようこそ、『新・紅』へ」
スライはアイラの金髪に一瞬嫌な記憶をこじ開けられた気がしたが、それでもとっさに責任者の意識を取り戻して唇を笑みの形に作った。
くるくる動く大きな目を無邪気そうに見張ったアイラが、驚いたように答える。
「まあ、あたし、もっと、おじさんかと思ってたけど、そうでもないのね」
「失礼ですが、あなたより4、5年早く生まれただけですよ、アイラ」
「ほんと、失礼だったわ、ごめんなさい」
アイラはくすりと笑った。開けっぴろげな、罪のない笑顔だった。そのままくるりとファルプ医師の方を振り向き、心配そうな声音で彼女は言った。
「それじゃあ、サヨコはあなたが注意して看てくださる? あたしがついていてあげられればいいのだけど、あたしも宇宙旅行を楽しみにしていたし……もちろん、元気になり次第、一緒に旅行を楽しむつもりだけど」
「ええアイラ、どうもありがとう。ご親切に。サヨコさんも喜ぶでしょう。あなたの伝言はお伝えしますよ」
ファルプが卒なく対応した。頷いて医務室を出て行こうとしたアイラは、思いついたようにファルプを振り返った。
「あ、そうそう、彼女、叔父さんが一緒に乗ってるはずなの。教えてあげたいけど……あたしの方からがいいかしら」
「叔父?」
スライは繰り返して眉をひそめた。サヨコに身内の者が同行するとは聞いてないし、名簿にもそのような記載はなかった。
(サヨコが勝手に同行したのか? それともカナンが何か?)
いずれにせよ、情報の食い違いは問題だ。
「ああ、こちらから、ご連絡しますよ。えーと、どんな方でしたかね」
ファルプがスライの表情を読んだのか、さりげなく確かめにかかった。
アイラは指先を鼻にあて、とんとん、と2度ほど叩いて言った。
「銀色の髪で、肌も白かったわ。目は黒くて……そう、彼も日系みたいだった。銀髪は一人だったから、すぐにわかると思うわ」
「ありがとう、アイラ、確かめてみます」
スライはことばを添えた。にっこり笑ったアイラが医務室を出て行くのとすれ違いに、ファルプの正面に場所を移動する。ドアが閉まって少ししてから、スライはうんざりして言った。
「で、どこなんだ、日本…サヨコ、は?」
ファルプは少し眉を上げた。
「あんたが日本人を名前で呼ぶとはね」
スライが無言で睨むと、ひょいひょいと肩を揺すった。
「こわいこわい。隣の部屋だよ。心配ない、一時的なショックだ」
生真面目な表情になって、ファルプは続けた。
「どうやら、初めて『宇宙不適応症候群』の発作を起こした状況と似ていたらしい。それを我慢していて、ようやくステーションまで来れたから、興奮状態になったんだな」
「そんなのが役に立つのか? もともと、俺は、ここに日本人なんかいれたくなか…」
スライはことばの途中で、ファルプの顔がひきつったのに気づいて振り返った。
隣の部屋との境のドアが、ゆっくりと押し開けられる。
白い医務室の壁とベッドを背景に、1人の華著な少女が立っていた。淡い青のTシャツ、同系統のパンツ姿、年齢より幼く見える風貌、青ざめて白く見える肌に黒々とした目が見開かれている。真っ黒な髪が、肩を少し過ぎたあたりで豊かに波打っていた。色を失った唇が震えながらことばを紡ぐ。
「あの……サヨコ・J・ミツカワ…です……連邦より派遣されました……あなたが…スライ・L・ターン…?」
スライは心の中で舌打ちした。
最悪の出会いだった。




