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サヨコが俯くのに、フィスはとことん追い詰めたい衝動にかられたのだろうか、白々しい口調で確認し始めた。
「『GN』ということは、『宇宙不適応症候群』を起こすということだろう? 『草』を常用しないと、宇宙でまともに暮らせないということだね? それじゃあ、何か、君は、宇宙に出ると、その、何だね、吐いたり、叫んだり、暴れたり、気を失ったり、正常な判断ができなくなるということかね」
「はい……」
サヨコはより深く頭を下げ、体を固くした。
「つまり、P・パウラー教授の心理テストを受けて『GN』と診断された、ということだね?」
サヨコは答えなかった。口を開くと、忘れそうになっては甦る悪夢の記憶が体を駆け巡って吹き出しそうな気がした。
それを見ると、少し気が済んだのか、フィスは話の矛先を変えた。
「しかし、『GN』であるか、『CN』であるかは、遺伝的なものが大きいということだっただろう?『CN』の両親からは『GN』の子どもは産まれない。だから、『CN』は人類の進化形式だと言われたときもあったはずだが」
この小さなオフィス以外では問題になることばだったが、フィスは平然としている。
サヨコは、フィスの『GN』蔑視を含んだ物言いよりも、自分の内側に荒れはじめた恐怖の波を押さえつけようとして、体をより強く抱き締めて答えた。
「はい……あの…おっしゃることはよくわかります……でも……わたしは『GN』で……『CN』の両親から産まれた初めての『GN』ということで…」
「ああ!」
フィスはパン、と両手をデスクに叩きつけた。
サヨコがびくりと体を強ばらせるのに薄く笑って見せる。
「ひょっとして、君か? 15年前に、シゲウラ博士が学会で発表したケースは?」
(シゲウラ博士)
フィスの大声にまた体をすくめたサヨコは、ただ1人、サヨコを支え守ってくれた相手と、その思い出にすがりついた。体から力が抜け、恐怖がゆっくりと後じさって行く。腕をときながら、フィスを見た。
「はい…」
震える声を無理に押し出すと、消え入るような声になってしまった。
「そうか、君か」
フィスはじろじろとサヨコを改めて観察した。
「じゃあ、これは間違いかも知れないなあ……君じゃ、ステーションへの派遣はとても無理だし、な」
サヨコは唇を軽く噛んだ。
「わかった。もう1度、問い合わせてみる。時間を取って済まなかったね」
「いえ…」
おざなりの謝罪を口にしたフィスに、サヨコは微笑を返した。空気さえも動かさないようにそっと頭を下げて向きを変え、オフィスを出て行こうとする。と、突然、フィスが声をかけた。
「ああ、サヨコ」
ぎくりと立ち止まったサヨコは、怯えてフィスを振り返った。
自分のことばがサヨコに与える影響に十分満足した、という顔で、フィスは、
「別に君に能力がないと言ったんじゃないからね。『CN』には『CN』の、『GN』には『GN』の活躍場所がある、と言いたかったんだ。それは能力の差ではなくて、単に、そう、まあ、つまり、個性という奴さ。……悪気はない、わかってくれているだろうが」
サヨコは無言で頷いた。
フィスはデスクの上で両手を組んだ。顎の張った意志の強そうな顔が、言い慣れないねぎらいに困り切っているように見える。
「はい、わかっています」
サヨコが答えると、フィスは露骨に安心した顔に変わった。
「そのうち、君の活躍する場所を探しておくよ。君は有能な心理療法士なんだから、何も宇宙へ出なくても、活躍する場所は山ほどあるさ」
「…はい」
一瞬ためらって、サヨコは曖昧な笑みを返した。もう一度、フィスにお辞儀をしてから、それから、そろそろとオフィスを出て、閉めたドアにもたれて深い溜め息をつく。
(少し何か食べよう)
昼にはまだ間があったが、言い聞かせるように心の中で呟いた。
(不安と悲しみを和らげるための行動、よね)
何の不安なのか、何の悲しみなのか。
そこまでついつい分析しかけて、サヨコは首を振った。そんなことは十分にわかっている。決して満たされることのない夢を、また間近にのぞいてしまった苦痛からだ。
宇宙。
決して飛ぶことのない、父と母とサヨコの未来を飲み込んだ、星の海。
サヨコはもう1つ溜め息をついて、カフェテリアに向かった。