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地球からのスペースプレーンは、多少の遅れがあったが、ほぼ定刻通りに『新・紅』に到着した。
「スライ……客が着いた。出迎えに行かなくていいのかね」
管理室に入ってきたクルドが声をかけてくる。スライはしかめた顔と苦々しい声で応じた。
「あわてなくとも、これから1週間顔を合わせるんだ。そんなに焦って対面しなくてもいいだろう」
「駄々をこねるんじゃない。ここの責任者だろう……ハンサムが台なしだ」
クルドが苦笑する。
「放っておいてくれ、俺の顔だ……ああ、わかってるよ、行くさ、にこやかに。責任者らしく、『日本人』を迎えに、な」
「スライ」
今度はクルドが眉をしかめた。首を振りながら、重々しく、
「日本人、じゃない。彼女にはちゃんと名前がある。サヨコ・J・ミツカワ。サヨコを迎えに行くんだ。外見で名前を決めないでくれ……人に名前を勝手につけられるのはおれ達の祖先で十分だ」
ぴく、とスライは眉を上げた。彼を見つめるクルドの、茶色の目と茶色の肌に刻まれた歴史を読み取る。
やがて、目を伏せ、スライは立ち上がりながら言った。
「中央ホールに、サヨコ、を迎えに行く。これでいいか?」
「いい」
クルドは優しい微笑を返した。
「部屋は用意してある。みんなにも話はつけた。他には?」
「そうだな…」
クルドの声を背に、スライは部屋を出ながら、
「俺が、責任者らしく、サヨコ、を扱えるように祈っててくれ」
「わかった」
部屋を出てからのスライの行動は早かった。大人気ないとは思いながらも、どうしても構えてしまう自分をクルドになだめてもらったとわかってはいるのだ。
とりあえず、彼は今はここの責任者であり、ホスト側にあたる。おかしな対応をして、カナンに痛くもない腹を探られるのは望まなかった。
中央ホールには、既に客が集まっていた。
初めての無重力感覚に今さらのようにはしゃぐ者、気分が悪そうに体を揺らめかせている者、慣れた様子で体を遊ばせている者とさまざまだ。
ツアーコンダクターがスライを見つけて、すぐに巧みに泳ぎよってきて名簿を渡した。
「今回は15名です。初めての参加がこれだけ…」
スライは薄いファイルを手に、空間に浮かんでいる客達の適応程度をはかった。チェックが必要な者には、一応ファルプに話を通しておかなくてはならないからだ。それでも、こうしてスライが見たところでは、今回は比較的宇宙慣れした者が多かった。
「何か…問題は?」
確認のため、スライはツアーコンダクターに尋ねた。
「いえ……まあ、楽な客だと思います。ただ、1人…サヨコ・J・ミツカワという『日本人』ですが」
皮肉な笑いを浮かべて、欧州系らしい相手は肩をすくめた。
「ここへ着く寸前に、軽い興奮状態になりまして。『GN』で『草』を使ってまして、初めてのフライトらしく、ちょっと『草』に対する過敏反応のようなものが出たようです。すぐにファルプ医師に診察を頼みましたから、今ここにはいません」
唇を歪めて嘲笑うように続けた。
「飛べもしないのに。わざわざ来ることはなかったんですよ」
いつものことながら、そして、自分も似たようなことは考えているのに、改めて他人から示されると強烈に感じる差別意識に、スライは少し顔をしかめた。
「わかりました。じゃあ、他の方に御挨拶して、それからファルプから状態を聞くことにしましょう」
「助かります。これから1週間、身も細る思いですよ」
太った体を左右におどけて揺すり、それでスライの笑みを誘えなかったと知ると、相手はそそくさとスライの側を離れた。




