3
その日の夕方、カナンからの荷物が届いた。
宇宙旅行に必要な数々の書類と、一週間分の『草』。
『草』は半透明のアクリルケースに、行儀よく14個、並べられている。0・5㎝×1㎝の偏平な球形の『草』は鮮やかな青色をしていて、12時間おきに1粒飲まなくてはならない。名前からいけば緑色でも良さそうなものだが、緑は基本的には毒物の色、それ1色で薬物の色として使われることはめったにない。
サヨコは荷物の整理の手を止めて、しばらくアクリルケースを覗き込んでいた。
この小さな粒が、1週間、サヨコの命を護る唯一のものになるのだ。
そっと、ケースを掌で包み込むようにして抱き締めた。ケースを当てた胸の辺りから、切ない痛みが疼いてくる。
サヨコはこれだけの『草』が、どれほど高価なものであるか知っている。
4歳の発作の後、可能性から言えば、『草』を使って宇宙へ移民することもできた。だが、『草』は、増産が試みられているとは言え数量が限られており、個人的な都合では手に入らない。『草』を長期にわたって使用するためには宇宙へ出るだけの必然性が求められ、なおかつ連邦に高額の税金を納めることが要求される。
サヨコは宇宙移民の条件は満たしていた。父母ともに優秀な科学者で、既に宇宙移民が認められており、その扶養家族としての資格もあった。だが、両親にはサヨコが自立して自ら『草』に対する税金を支払えるまで、彼女の『草』を負担できるほど裕福ではなかった。
サヨコは地球に残らざるを得なかったのだ。
(それでも、宇宙に、行きたくて…)
サヨコは胸の中で黙り通してきた思いをそっと呟いた。
サヨコの両親は、後々は宇宙移民することを考えていて、サヨコに繰り返し、宇宙のすばらしさ、広大さを語った。多くの星が生まれては死滅する、目の眩むような時間の流れを想像させた。輝く恒星の美しさや、それに育まれる惑星の不思議を説明した。
サヨコはごく自然に、宇宙に住む自分と両親、という姿を受け入れていた。毎夜毎夜、空を見上げては、いつか自分が住む遠い星を夢見た。
憧れは、4歳の発作で手ひどく踏みにじられて散ったはずだった。なのに、それは、消えるどころかますます膨らみ、サヨコを戸惑わせた。
現実は、何1つ、サヨコと宇宙を結んでくれなかった。自分の中の宇宙への夢が、みすぼらしく萎れていくのを、サヨコは何年も見つめ続けてきた。地球の中で生きようと決心することで、宇宙への夢は忘れたつもりだったのだ。
だが諦め切った矢先に、『草』を手に、連邦公認の宇宙での居場所ができた……ただし、1週間だけの。
(惨い夢かもしれない)
サヨコはまた、胸の中で呟いた。
どれほど焦がれても、サヨコの宇宙は1週間しか持たない。幼いころ考えていたように、星々の中では暮らすことはできないと、もうわかっている。
叶わないはずの夢が、1週間だけ叶ってしまう。
それは、叶わないままであるよりも、一層深い失望をもたらすのではないだろうか。
サヨコはアクリルケースをようやく胸から離した。
窓からそっと空を仰ぐ。
明日会うはずの、宇宙に『住んでいる』人々を思った。




