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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第2章 宇宙ステーション『新・紅』

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5

 宇宙暦29年3月。

 スライの住んでいた小さな町では、建国記念日に継ぐ祭が近づいているせいで、次第に活気が増していた。

 人口、3400人余り。元はもっと小さな町だったが、それまでの結び付きから、日本沈没の際にかなりの移民者を受け入れた。それから約60年。移民者達も少しずつ町になじみ、中には町の発展に少なからず尽くした日本人もいて、ほかの多くの移民先よりも和気あいあいと暮らしていた。

 と、少なくとも、スライ達は思っていた。

 だが、宇宙暦開始を祝う祭の日に、惨劇は起こった。

 始めは、酒に酔った数人のささやかな悪ふざけだったのだろう。

 数人の女を男が囲み、上品とは言えないからかいをした。怒った女とその連れが、からかった相手を無視して囲みから出ようとし、止めに入った男を突き飛ばした。かっとなった男が女の腕を掴む。女が抵抗し、そこへ女の家族が通りかかった。祭だから、と間に入った者もいた。大人気ない、と男をしかる者もいた。だが、『GN』ってのは『草』を使うしかない病人だ、と誰かが叫んだ。宇宙に住めるのに地球にへばりついている『CN』が問題を起こすんだ、と別の人間が叫び返した。祭はやがて悲鳴と怒号あふれる暴動と化していた。

 スライは、そのとき、家に居た。

 祭が盛り上がり過ぎてるな、と苦笑した父。今は行かない方がいいわね、と座り直した母。面白そうだね、と悪戯っぽくいった妹。

 穏やかな夕食後の光景は、突然破られたドアに引き裂かれた。

 飛び込んできた黒髪の男が血走った目をあちこちに向け、何を思ったか、奥へ走り込んで、暖炉の上に飾られていたものを抱え込んだ。

 何をする、と駆け寄った父親は、次々入り込んできた男女の群れに飲まれた。母親が悲鳴を上げて妹をかばう背中に、別の男がパイプのようなものを振り下ろした。突き飛ばされたスライを、見知らぬ金髪の女が蹴っていった。

 強奪と暴力の波はすぐに別の家へと流れて行った。

 体中の痛みに耐えて目を上げたスライは、今の今まで笑っていた父や母や妹が、物のように転がっているのを見た。開いたドアの向こうに広がる、破壊と炎の海を見た。踏みにじられた家と夕食の残りを見た。

 誰かが遠くで泣き叫んでいた。

 スライは数時間後に駆けつけた軍に保護された。

 このとき、暴動に加わったのは町の3分の2近くにあたる2000人余り、死傷者併せて1500人。破壊された町は復興に1年以上かかり、人々の傷が癒え始めるには10年以上かかった。

 国は同様の問題が、各地の移民先に起こることを恐れ、事情調査と報道管制に乗り出した。原因は、もともと潜在していた反日感情や移民によるストレス、『CN』と『GN』の互いに対する差別意識にあったのだろうとされている。

 スライは、学校や地域活動で、日本と日本人に起こった状況について学び、移民を受け入れることの国際的な意義も認識しようとしていた。多くの日本人と多くの日本人の子どもが町にあふれ、今まで当然のようにしてきたことも一々話し合わなくてはならない面倒さはあったが、国家や地球や人類に対する義務だと教えられ、そう考えるようにしてきた。スライ自身は、日本人や『GN』を差別する気持ちを抱いたことは、ほとんどなかった。

 だが、この夜起こった暴動とその結果は、スライの信じたものを打ち砕くのに十分だった。

 日本人が移民しなくてはならなかったのは、日本人のせいではなかったかもしれない。だが、スライの町を破壊し、家族を奪った暴動は、日本人がいなければ起こらなかったかもしれなかった。

(日本人が、あの国と一緒に沈んでいれば、みんな生きていたかもしれない)

 それは考えてはならぬこと、そう思いながらも、スライの胸に暗い炎は宿り続け、ふとした拍子に吹き上がってくる。そして、それは、日本人と同じように、新しい世界に十分適応しようとしないまま、じわじわとスライの居場所を侵していく『GN』にも重なってくる、重く荒々しい怒りの炎だ。

 炎は20年たった今でも、より一層激しいものとなって、スライの胸の傷を焼き焦がし、あの夜に引き戻してスライを苦しめている。

 スライは目を開けた。

 彼には、もう家族はいない。

 帰る故郷もない。

 守るべきは、このステーションのみだ。

 10歳のとき、スライは家や家族を守る術を持たなかった。

(だが、今は違う)

 スライはここの責任者であり、このステーションはスライの家だ。

 カナンや地球連邦や、サヨコとかいう薄汚れた日本人の手に、むざむざ渡してしまうわけにはいかない。

(カナンはがっかりするだろうが、サヨコ・J・ミツカワには、ファルプの元で適当に相手をさせ、このケースには力不足として、早々に地球へ帰ってもらうことにしよう)

 スライは薄く冷たく笑った。


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