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太平洋スペースポートは、日本沈没と同時に太平洋に隆起した大陸の上に作られている。
沈没の原因は廃棄核兵器の爆発による海底火山の誘爆とそれに伴う地殻変動とされているが、それから既に100年が過ぎた。
通称『アース・コロニー』。
大陸の中央からやや南よりに、宇宙発着用の宙港と地球内用の空港、それに伴う付属施設、研究施設や地球連邦の諸機関が作られている。単なる公的機関や施設の集合体だけではなく、それに携わる人々が生活する居住区をも含む。
建設当初は、地殻変動で隆起した大陸に、地球の主要機関を集めることへの反対があったが、隆起した大陸は、その後の調査でかなりの安定性をもつことが確認され、反対は立ち消えになった。
諸施設は環境を壊さない循環型エネルギーのものが採用され、宇宙での実験のために、周辺に出来る限りの生物の種が集められ、育てられ、管理されている。海流と地殻変動後の気温のわずかな下降による、亜熱帯から温帯にわたる気候の賜物だ。
『アース・コロニー』は、人類が作り上げた巨大なノアの箱舟だと言われたのも、無理はない。
その日の朝、『アース・コロニー』の一角、医療セクションで、サヨコ・J・ミツカワは立ち竦んでいた。
「え……わたしが、ですか?」
「そうだ」
人事オフィスの一室で、明るい午後の日差しを背中に、フィス・G・オブライエンはメガネの奥で目を細めた。デスクの書類で確認し、再び目を上げてサヨコを見つめる。
その目の奥に、サヨコがいつも感じる、不愉快さをかろうじておさえつけているような、イライラした光がある。
それが、自分の姿形によるものであることを、サヨコは感じている。
黒く長い艶のある髪、光を受けても吸い込んでしまいそうな漆黒の切れ長の目、黄色がかった浅黒い、けれども滑らかな肌に小作りの唇と鼻。
よく、日本人そのもの、と評される容貌に、サヨコはずいぶん苦しめられてきた。
『日本沈没』後から1世紀、日本人は世界各地に散らばっている。
移民後、あちらこちらでその国に溶け込もうと努力を重ねた結果、外見からも内面的にも日本人と認識できるものは少なくなった。ほとんどの人間が、『日本』という国を、過去に栄えた幻の国と同様に扱い出している。
なのに、サヨコの姿形は消え去った国とそれに伴う数々の出来事を鮮やかに思い起こさせるらしく、彼女には思いだしようもない罪や栄光を、人々はサヨコに読み取ろうとする。
(まるで、わたし一人、時間の彼方から運ばれてきたみたいに)
そんなサヨコの思いを引き戻すように、
「サヨコ・J・ミツカワ。君のことだ」
死刑執行人のような重々しさでフィスは断言した。サヨコの反応を楽しむような薄笑いを浮かべる。
「で、でも…」
サヨコは慌ただしく瞬きをした。
無意識に、かばうように腕を胸元で交差させ、体を抱いて答えた。
「わたし、『GN』です……今まで一度も宇宙にでたことがありません」
宇宙、と口にしたとき、疼きかけたものを必死に無視する。
「一度も?」
フィスはいぶかしく眉を上げた。
サヨコの頬が熱くなった。
フィスが筋金入りの『CN』優越主義であるのを思い出したのだ。
「はい……あの…4歳の時に一度……そこで発作を起こしたので……」
「しかし、確か、君の両親は…」
フィスはこれみよがしに手元の書類を繰り、サヨコは唇を噛んだ。
しばらくしてから、ようやく目当てのものを見つけたらしい。指先で書類の文字を確認しながら、フィスははっきりとした声で読み下した。
「父親、カール・R・ミツカワ、『CN』……母親、ミドリ・E・ミツカワ、『CN』。……そうだ、君の両親は、二人とも『CN』だったはずだ。私も覚えてる、優秀な人材だったよ。確か、月基地の1つへ移住したはずだ。なのに、君だけ、『GN』だって?」
最後の一言ははっきりした無遠慮なものになった。