公爵令嬢と国王夫妻
華やかに始まったはずの、新年の舞踏会は今や中止状態だった。
これが前日の他国の外交官を招いた舞踏会であったら国の威信に関わる大事件である。勿論、今より少しばかり酷いという程度だが。
現在の状況を言い表せば、婚約破棄を言い渡されたはずの公爵令嬢が、言い渡した王太子の恥ずかしい暗黒の人生履歴の一部を大公開中である。
しかも、公開している相手は国王夫妻(と、オマケで国内貴族の傍観者達)。王太子の命運は既に尽きているが、公爵令嬢と国王夫妻が満足するまで話は終わらないだろう。
ならば、傍観者達のする事はひたすら情報収集のみ。王太子がどれだけ墓穴掘りに勤しんだのかを知っておかなければ、後日、埋め忘れた穴に嵌まりかねない。
考えが一致したのであろう傍観者達は、大人しく話の先を待った。
「メルリスレーン、辺境伯夫人はどのようにロディックを救って下さったの?」
王妃が尋ねると、少女はチラリと王太子を見た。
一見、気を使っているように見えなくもないが、絶対違うと傍観者達の意見は一致している。頭の中でではあるが。
「キャラメリアローズ様は、辺境伯爵様の栄誉ある剣を・・・戦線で余多の敵を倒された剣を、只の色狂いの変質者の血で汚したくはなかったのです。」
「変質者・・・?」
呆然と呟く王太子に、国王夫妻はため息をついた。
「初めて出会った人妻に対して、妾にしてやるなどと言い、公爵家の若い侍女の胸目当てに屋敷に押し入ろうとする。どこが変質者ではないのだ?」
「それは・・・お、男のロマンです!」
王妃のハリセンが唸る。
王も傍観者達も頭痛を覚えた。
「ロディック様は、守備範囲が広くていらっしゃいますから。」
少女はニコニコと付け加えた。
「どういうことかしら?」
と、王妃。
「私の侍女ヘラは若く見えましたが、40代でございます。王妃様より年上でございます。」
「・・・・・。」
誰もが沈黙する。一人を除いて。
「兎も角、その日を境に辺境伯爵家とロディック様の攻防が始まったのでございます。」
相も変わらす、少女は爆弾を撒き散らしながらのマイペースさである。
「まあ。・・・それでは、ロディックは何をしたのかしら。」
口元だけで笑顔を作る王妃の、氷のように冷たい目が怖い。
「はい、王妃様。・・・御存知の通り当代のバートティーラ辺境伯爵様は、キャラメリアローズ様が嫁いで来られた事を期に先代様がご隠居なされた為、その爵位を継承されました。それまでは国境警備の指揮に専念されていましたので、王都に上がるのは王立学園を御卒業以来だった聞き及んでおります。両陛下へ辺境伯爵家の相続と結婚の挨拶とご報告の為にだったとか。・・・王都にて文官を多く出している我が一族に連なる方としては、かなり・・・いえ、珍しい、武人である辺境伯爵様は社交界にあまり顔が広い訳ではございませんでした。」
いやいや、凄く一族だよね?と、傍観者達は内心で突っ込みを入れた。
「王都を本拠地とする他の貴族家との関わりを殆んどお持ちではなく、我が父、スロットレックス公爵は先ずは身内の紹介からと、当家にてご夫妻を主賓に招いて、夜会やお茶会を開きました。皆様、和やかに交友を築いておりましたのに・・・。毎回毎回、ロディック様が『何故自分を呼ばぬ!!』と乱入なさいました。」
「・・・公爵家で暴れたのか?」
恐る恐る、王が尋ねる。
「はい。我が一族の家格が下位の者を脅して偽名を使って同伴者として我が家に入り込み、あまりにも分かりやすい不審者な為に、警備の者達に遊び半分に追い掛けられながらも・・・野生の本能なのでございましょうか、まるで嗅ぎ付けるようにキャラメリアローズ様に飛び掛かろうとなさいますので、毎回、夜会やお茶会の参加者で狩りに興じる事と相成りました。」
「お前の一族は無礼であろう!娘の婚約者にする仕打ちか!?」
思わず叫んだ王太子に、王妃のハリセンがまたまた唸った。
「貴方には礼儀というものが無いのですか!」
「国王陛下、王妃様、よろしいでしょうか。」
少女の助手として側に控えていたアルテス嬢が、控えめに声を上げた。
「うむ?」
「アルテス、何かしら?」
「以前より・・・いえ、初めて御目にかかりました婚約者候補としての顔合わせの場で、ロディック様は私達婚約者候補に対しまして、自分がこの世で一番偉いのだから自分以外の者は、例え神であろうと自分に礼を尽くせと叫ばれていらっしゃいました。私達は両陛下の『耳』がどこかに潜んでいるのではないかと、恐ろしい思いをいたしました。」
うわあ、子供時代とはいえ一番言ってはならぬことを言ってるよ、と、傍観者達は目を泳がせた。
「報告は受けているけれど、一部内容が抜けていたようね。」
王妃のハリセンを持つ手が震えている。
「まだ5才でございましたから。」
報告した者が気を使ったのだろうと、言葉に含みを持たせたように婚約破棄を言い渡された少女が言う。
「年上でありながら、3才であったメルリスレーンやアルテスに理解できることも分からない馬鹿だったとは。」
王妃の怒りに、傍観者達は理解できる3才児が凄すぎるよね?と思ったが、逆に王太子のメンタルって、5才の時から成長していないのか?とも考えていた。
「どうやら、王太子の頭は5才児のままということか。」
傍観者達の心の内を代弁する国王に、王妃が汚らわしい物でも見るように王太子を見てから同意した。
「早熟だったのは女性の身体への興味だけですか。情けない。」
「ところで、狩りとは何か?」
「狩りは狩りでございます。我が一族では夜会、お茶会と共に無礼講の兎狩りをよく行います。」
兎って何!?と、傍観者達は内心で叫んだ。
「兎狩りでの獲物は、勿論通常の兎の場合もありますが、ロディック様のように招待状を持たない・・・例えていえば暗殺を目的に乱入する無法者や、一族に連なる若い女性に無体を強いる不埒者の場合も時には兎となりますの。」
「ああ、私も結婚前に参加致しましたわ。」
王妃が懐かしそうに言った。
「我が一族の歴史でも五指に入るもの凄い兎狩りだったと聞き及んでおります、王妃様。」
「ははうえ・・・。」
「あの時の兎は最悪でした。心がスッキリと晴れて・・・本当に公爵家に感謝したものです。」
大魔人の国王陛下の后は武力系宰相閣下のお友達らしいことが発覚し、傍観者達+王太子は戦慄した。
「我が后に、婚姻前とはいえ無体を強いる者がいたということか?」
国王の声が地を這うように響く。
「ご安心下さいませ。等の昔に俗世を離れ、神に深く祈りを捧げる日々を送っております。当家で兎になった者達は皆、とても信心深くなられ・・・神の道に進まれることも多いのです。打たれ強く、恥というものが無いロディック様を除いて。」
「確かに。普通、一度でもあの様な目に合ったならば、恥を知る者は人前には出ませんね。」
少女の話に王妃が同意する。内心同意している傍観者達もいるが、声には出さない。なにしろ、武力系宰相閣下は国内外で王族や有力貴族と縁戚関係を結んでいる一族のトップだ。現に大魔人国王ですら武力系宰相閣下の従兄弟である。
「兎も角、ロディック様はめげることなくキャラメリアローズ様に度々襲い掛かり続けますので、警護の方々はそろそろ止めを刺さねばならないのでは、との声も上がっておりました。」
あ、暗殺の危機だったのか。と、傍観者達は想像した。
「と、止めとは何だ!?」
王妃に頭を小突かれ続けている王太子が声を上げた。
「それは・・・簡単に申し上げれば、頭と胴体の物理的分離危機でございますね。」
淡々とした少女の発言に、王太子の顔色が更に悪くなる。
「うむ。戦争勃発の回避の為に、公爵に相談されてはいたな。もう少しばかり様子を見よと言ってはいたのだが。」
国王の発言に、王太子の顔が引き攣る。
「もっと詳細でまともな報告を受けておれば、王の名の元に王家の暗部から早々に手を回したものを。」
「ちちうえ・・・。」
「本当に良かったではございませんか、ロディック様。影の者達が気を使って下さったおかげで、未だに頭は分離されてはいませんもの。」
婚約破棄を言い渡した相手の明るい笑顔に、王太子は固まった。
「それに、ロディック様はバートティーラ辺境伯爵様にあのように楽しませて頂いたのでございますから、苦情を口に出されるのはどうかと思いますが・・・。」
「まあ、辺境伯はこの愚か者を楽しませて下さったの?」
王妃は相変わらずに王太子を小突いている。
「ロディック様の・・・先程の男のロマンというものが、とても満足されたのではないでしょうか。」
と、少女は変わらぬ微笑みを浮かべている。
「メルリスレーン・・・!」
「ロディック様がキャラメリアローズ様を追い掛け始めて二月程後の事でした。諸事情で遅れていた辺境伯爵家主催の夜会が行われたのです。」
「諸事情・・・ですか?」
「はい、王妃様。二度目の兎狩りの折りに、キャラメリアローズ様が体調を崩されましたの。見苦しいモノをお見せしてしまいましたから、一門の者達も大変心配致しましたが、ご懐妊との事で・・・。」
オイオイ、妊婦中の女性に襲い掛かっていたのかよ!と、傍観者達は頭を抱えた。
王妃に至っては、傍らのアルテス嬢から鉄扇を受け取っている。ハリセンでは甘いと認識されたらしい。
「本当にケダモノだな。遅くはない、其処に直れ。我が剣の錆にしてくれる。」
王の低い声が響く。何時の間にか抜き身の剣を手にしていた。
「ち、ちちうえ!!」
「きゃっ・・・!?」
絶壁令嬢を巻添えに、王太子は腰を抜かして床に倒れ込む。
「国王陛下、お待ち下さいませ。」
少女が止めに入るように声を掛けた。
「メルリスレーン!」
救いの手を見出だしたかのように、すがり付くような声を上げた王太子に、傍観者達は婚約破棄した女の子に助けを求めるなよ、と思った。
そして、この公爵令嬢がそんなに優しいわけないだろう!!という言葉をのみこんだ。
「まだまだ、ロディック様の私生活面白話が序の口でございます。陛下御自慢の伝家の宝刀による丸太の輪切りの腕前は、後程でもよろしいかと。」
「は?」
腰が抜けている王太子が間抜けな声を上げた。ついでに王太子に絡み付いた状態で呆然としている絶壁令嬢。
「フム。」
と、剣を片手に仁王立ちの国王。
オロオロと、辺りを見回す王太子の取り巻き達と、徹底的に空気に成りきろうとする周囲の傍観者達。
王妃はニコニコと、腕ならしのように鉄扇を振りながらメルリスレーンに先を促した。
「辺境伯爵家が王都のお屋敷にて夜会を催されたのは、先代様がまだ王都で過ごされていた頃のことです。先代様が領地に戻られからも、辺境伯爵家の王都の屋敷には優秀な家人が揃って留守を良く守って居りました。・・・とは言いましても、やはり長く主人が不在の状態でございましたから、他家との関わりが希薄になっておりました。当代様も王都に不慣れなことを御自覚されておいででしたので、夜会の準備の為に、嘗てのご学友と我が家に助力を願われました。」
「で、あろうな。」
王が頷く。
武人として名を馳せてはいても、大貴族家の当主としてはまだまだ初心者マークの新米。不慣れな社交に、新妻の懐妊、その身重の新妻に襲い掛かる若い馬鹿。
王も傍観者達も、辺境伯爵の当時の苦労を想像して思わず涙ぐんだ。
「辺境伯爵様は、父達に夜会の“ついで”余興を行って、はた迷惑な盛りのついた犬の性癖を矯正しようと提案されたのです。」
「性癖を矯正?」
国王は、未だに床に座り込んだままの王太子と絶壁令嬢に視線を向けた。
凹凸のある女体から絶壁の少年のような女の身体が好みになるのであれば、成る程、辺境伯爵の矯正は成功したのであろう。
「新たな御当主による、辺境伯爵家主催の最初の夜会は・・・我が一族による身内だけのものとなりました。」