後編
それから三日後、俺は買い出しを頼まれて村の中心にある市場に向かっていた。しかし、いつも賑やかな市場は見る影もなく閑散としていた。所々、店さえ開かれていないのもある。
「な、なんだ…?人の姿さえ見かけねぇぞ、みんなどこへ…」
「た、大変だ!火事だーー!」
その声ははっきりと、俺のいる場所の西の方角から聞こえた。俺は心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。声の聞こえた方角にあるのは…ベリーの家だ!
「う…嘘だろ…べ、ベリー!!」
俺は買い物籠を投げ捨てて一目散に走っていた。どうか嘘であってくれと何度も心から願った。
それは地獄のような光景だった。かつて華やかに庭木に囲まれ存在していた二階建ての大きな家は真っ赤に燃え上がっていた。そしてその周りにはやじ馬が集まっている。
「ベリーさんとこの家よね…リチャール様とご結婚なさるはずだったのに…」
「でも、結局結婚させない方針だったみたいよ…」
「地主の息子に逆らおうとは、これは天罰だな」
「……これは、偶然なんかじゃない…」
俺は自分の手に爪が食い込むほど拳を強く握りしめた。
「絶対に、絶対に許さねぇからな……!」
気が付くと俺は自分の家に向かってひたすら駆け抜けていた。あれは放火だと俺は確信していた。そしてその犯人は…俺が嫌というほど知っている人間に違いない!家の玄関を思いっきり開けると何故か中の明かりが殆ど消えていた。だがそんなことは今の俺には気にならなかった。
「親父!さっさと出てこい!糞親父!!」
俺は鬼のような形相でいつも親父が偉そうに座っている二階の大きな部屋に向かった。
「死んでも許さねぇ、絶対に!」
殺気に満ちた俺は勢いよく二階のその部屋に突撃した。
親父は確かに大きな窓の前にある椅子に腰掛けていた。首から大量の血を流し、白目を剥きながら。
「…は?」
俺は目の前の現実を受け入れることができなかった。
「なんで、親父が死んでんだよ…」
「馬鹿だなぁ、兄さんは」
次の瞬間、俺の首に冷たい刃の刃先がそっとあてられた。聞きたくもないその忌々しい声は、間違いなくリーフの声だ。
「いくらあの親父でも放火だなんて物騒な真似はするわけないじゃないか。一応、村の顔なんだしさ」
その声はどこまでも楽しそうな調子だった。
「お前が…全部やったのか…」
部屋に入る前とは一転して俺の声は恐怖で震えていた。
「アッハハハ!言ったでしょう、兄さん。僕は夢のためならなんでもするってさ!ねぇ!」
正気だなんて微塵も残っていない様子だ。
「これで、これで邪魔者は居なくなる!哀れな惨事の生き残りの僕は、兄さんもみんな殺された哀れな僕は、村を統べる唯一の後継者になるんだよ!泣ける話だよね!」
「そんなことのために…どうして命を奪えるんだ…」
「悪いのは親父だよ兄さん、さっさと僕を認めていれば、死ぬことはなかったのにね…」
首にあてられた刃先に力が入るのが感じられた。
「さよなら、兄さん」
ズサッ。肉を切る音がはっきりと聞こえた。
「…あがっ…!?」
リーフの手から刃物が零れ落ちると、そのまま膝から崩れ落ちた。
「…なんで…生きている…ん…」
一体何が起きたんだ…俺はゆっくりと後ろを振り返った。
「はぁ、はぁ…間に合って良かった。リチャール…」
ベリーだ。幻じゃない、本物だ。ベリーの両手には血まみれの短剣が握られていた。これでリーフを刺したのだろう。
「ベ…ベリー…ベリー!!」
俺は未だに信じられなかった。リーフの手によって殺されたと思っていたベリーが、俺を助けてくれたのだ。
「リチャール…もう、あんたってすぐ無茶するんだから!死んだら…夢も叶えられないでしょ…」
ベリーは精一杯笑みを浮かべていたが、恐怖と安堵からか涙を浮かべていた。
「…ああ、そうだな。こんなところで死んでたまるかよ!…ありがとうなベリー」
俺はこのとき、ある考えが頭に浮かんだ。親父もリーフも居なくなった今、この家に留まる理由はなくなった。だから…
「…なぁ、ベリー。俺と一緒にこの村を出よう」
「…え…」
ベリーは明らかに動揺した様子を見せた。
「こんなことになっちまったけど、俺たちには叶えなきゃいけないものがあるだろう?」
そう言って俺は自分の胸に手を当てた。
「…うん、そうだね。私にもあなたにも、叶えなくちゃいけない夢があるもんね…」
ベリーも思いは決まっているみたいだ。
「さぁ、行こうぜ。裏口から抜ければすぐ大通りだ」
「うん…」
村を出る途中、ベリーは一度立ち止まって後ろを振り返った。「さようなら、お母さん、お父さん」そう呟くように口元が動くのが見えた。俺もこれが最後と思って今一度、一点が明るく燃えている村の全容を目に焼き付けたのだった。
村を出てすぐの大通り、俺とベリーはお互い向き合って立ち止まった。
「じゃあ、私フィルビアの学校に向かうね」
「そっか…俺も、車が有名なバスクって街に向かうよ」
お互い笑顔だったが、それはあまりにもぎこちなかった。
「…なぁ、ベリー。俺たちまた…」
そう言いかけたとき、ベリーが遮った。
「会えるよ。絶対に」
「あ、え…」
「ねぇ、リチャール。私、信じてるんだ。あなたが夢を叶えて私に会いに来てくれるって。その時は、私も夢を叶えた姿で会いたいなぁ、なんて思ったり…」
ベリーは少し気恥ずかしいみたいだ。
「お、俺も信じてるさ!お前なら世界を魅了する大音楽家になれる!ってね。そんでさ、周りの人間に知り合いだって自慢するんだ!」
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
さっきの緊張感が嘘みたいだ。俺たちは声高らかに笑い合った。それは紛れもなくいつもの俺たちだった。
「…じゃあね、リチャール。」
「おう!…元気でいろよ、ベリー」
こうして俺たちは互いの道を歩み始めた。夢を叶えるための大きな一歩を、歩み始めたのだ。不安がないわけじゃない、正直上手くいく保障はどこにもない。だけど俺は、必ず夢を叶えるんだ。夢を叶えてベリーに会いに行くんだ。そう心に固く誓った。
俺には夢がある。誰にも譲れない、俺だけの夢がある。そしてそれは、必ず叶えなきゃいけない。同じように夢を追うあいつに、堂々と会いに行くために。




