世紀末チルドレン
ばさーっ! と布団を捲りあげる。 そこにアイツは居なかった。
世界が終わるという日に、私を残して何処へ行ってしまったのだろうか、あのお馬鹿さんは。
あと一時間。 この星は氷塊になるらしい。
─世界終了まで残り01.00.03.18─
─世界終了まで残り01.00.02.84─
─世界終了まで残り01.00.01.02─
─────01.00.00.00─────
……私のせいか?
いや、私のせいか。 私のせいだ。
地球が終わる事が、ではない。 アイツが私の元を離れていってしまったのは、きっと私のせいだ。
自分でも馬鹿な事を言ったと、文字通り全部が終わるこんな時にまで、私は意地っぱりでしかいられなかった。
「アヤネ!!」
背後から聞き慣れた、友人の声。
「……ユウナ。 コータは?」
「見つからない。 もう殆ど探したんだけど……」
「そう……ありがと。 あとは自分で探してみる。 ユウナは家族と一緒に居た方がいいよ」
そう、もう一時間を切った。
最期くらいは、ユウナも一番好きな人達と一緒に居たい筈なのだ。 これ以上、私のわがままに付き合わせることはない。
「それじゃ……今までありがとね。 天国できっとまた会える───」
言いかけて、袖が引っ張られた。
……すごく赤い。
「アヤネが一番好きなのはコータでも、私が一番好きなのはね……アヤネだよ? だから」
そこまで言うのが、どうやら限界みたいだった。
「……ありがとう。 私もユウナのこと、大好きだよ」
***
─世界終了まで残り00.10.46.22─
馬鹿がいた。
「……何してんの、コータ。 それ御神木」
「んぇ? 見りゃ分かるだろ、昆虫採集だよ」
呆れ果てたユウナの声に、何事も無いかのようにソイツは応えた。
馬鹿だ。 罰当たりとかどうでも良くなるくらいすごく馬鹿だ。 なんかもう、そんじょそこらの馬鹿たちの王様なら簡単になれそうな位のおバカ様だ。
……けど、そんなどこまでも自由な所にも惹かれた私も。 ついくすりと笑ってしまう。
「……で、何か採集できたの?」
「いや……いない。 一匹も。 夏なのに、八月なのにだぜ!?」
「こんなに寒ければ虫も居ないでしょ、馬鹿」
「それもそうか」
そう、吐く息がもうこんなに白い。
─世界終了まで残り00.05.01.00─
特に何も話すことなく、町を三人で眺めていた。
ふと、左脇腹につんつんと何かが触れる。 ユウナの『よし今だ、告れ』というある筈のない声まで聞こえて。
あぁ、ユウナの目がギラギラ輝いているのがわかる。 少女漫画好きの彼女にとって、世界が終わるこの段階で告白というシチュエーションはたまらないらしい。
私は一度、こほんと咳払いをしてから、少々上擦った声で、
「……ねぇ、コータ」
「おぉ、何?」
「コータって好きな人いるの?」
「あー……大体みんな好きだけど。 ユウナも、タカちゃんも、ヨシヒコも、それから」
「あぁもう、そうじゃなくて! こう、あれだよ……結婚したいとか、そういう好きな人!」
「いや、結婚とか……まだ14歳だぜ? あと14年くらい生きないと分からなくね?」
「いいからっ!!」
「まぁ……何となく、俺お前と結婚してそうだよな?」
「……」
「ん、いや無理か。 もうすぐ世界終わるんだった!」
そう、今日……あと五分も経たないうちにこの世界は終わる。 それでも。
「コータ、男って何歳で結婚できるんだっけ?」
「18歳だろ」
「そう、私は16歳だよ」
「ふむ」
─世界終了まで残り00.00.10.08─
「だから、コータ」
─世界終了まで残り00.00.09.69─
「おん」
─世界終了まで残り00.00.08.34─
「こうして」
─世界終了まで残り00.00.07.79─
そうして、自分の元まで抱き寄せる。
─世界終了まで残り00.00.06.44─
「うおっ!?」
─世界終了まで残り00.00.05.82─
いつも、三人で学校でじゃれ合うみたいに。
─世界終了まで残り00.00.04.32─
ユウナは神父の真似事なんかを。
─世界終了まで残り00.00.03.01─
「痛ででででっ!お前っ、女なのに力強すぎだろ!」
「あっははは! アンタがモヤシなだけじゃない?」
「えー、二人は互いに愛し合うことを誓いますか?」
─世界終了まで残り00.00.02.04─
「誓う!」
「いてて、誓うから離せ!」
─世界終了まで残り00.00.01.01─
ふふ、言質とった。
─世界終了まで残り00.00.00.00─
***
それから3年経った地球は生命の星なんかじゃなくて……宇宙に数多存在する氷の星のうちのひとつ。
その星のとある国だった場所でもう直ぐ、とある氷漬けのふたりが漸く結ばれるらしい。