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世界の忘却

 例えば、この世界から私が消えたとする。そうしたらどうなっちゃうんだろう。

 空は繋がっているし、木々は季節に応じて姿を変え、太陽は皆を照らして、星々は見守っていてくれる。

 きっと、どうにもならないんだろうな。

 皆、私の事なんてすぐに忘れて、それが日常になって、幸せな人生を歩んで行く。

 それって素敵なことじゃないかな。悲しんで悲しんで不幸になるよりも、私がいなくても良い人生だったって笑える方がいい。

 私の死を悲しんでくれる人がいるのは嬉しい。だからこそ、私は皆に「私」という存在を忘れて欲しいんだ。


 世界は美しい。そんなこと言う人がこの街には沢山溢れかえっている。

 世界は美しくなんてない。私の瞳にはそう見えるから、ここで叫んだ。

 私の声なんて、この街の偽りの音にかき消されて誰の耳にも届かない。

 でも、いいんだ。汚い世界を美しいと思って生きていく方が幸せだから。

 今日も私は、この街の一番高い所から、美しくない世界に暴言を吐く。

 世界が美しいと思えるお前らなんて愛おしい位に、大嫌いだ。なんてね。


 カタン、と後ろで物音がした。ここは私しか入れないはずなのに、どうやって入ったんだろう。

「それが、貴女のネガイ?」

 何がおかしいのか、くすくす、と笑いながらポニーテールの女の子が現れた。

 どこの学校の制服だろうか。このあたりのものでないことは確かだと思われるワンピース型の可愛らしいデザインの制服を纏った少女は、コツコツと足音を鳴らしながら私の隣へ並ぶ。

 彼女の次の言葉を待つ中で、先ほどまで印象的な声だと思ったのに、彼女がどんな声で私に声をかけたのかもう思い出せない。例えるなら、綿菓子みたいな声。口に入れたときはふんわりと甘味が広がるが、すぐに溶けて無くなってしまう。幻みたいな感覚。

「貴方のネガイ、叶えてあげる。って言ったらどうする?」

 私の願いを叶えてくれる、と言ったら?そんなの無理に決まってる。神様じゃあるまいし。

「無理じゃないよ。皆の記憶から貴方がいなくなることも、そもそもこの世界に貴方なんていなかったことにすることも」

 くすくす、と彼女は笑った。

「貴方の神様だから、ね?」

 私の神様。だから、私の考えていることがわかるし、私の願いを叶えることができる。そういうことだろうか。

 もし、本当ならば、私はこの世界から消え去ることができるのだろうか。

 私はもう終わりにすることができるのだろうか。

「ネガイを叶えるためには、一つ条件があるのだけど」

 神様にしか叶えることのできない願いを叶えてくれるのなら、私にできることは何でもする。例え、どんな結末が待っていたとしても。

「そう。よかった。条件っていうのは…」



 長い夢を見ていた気がする。

 頭がガンガンと痛むせいだろうか。頭痛のせいで吐き気もある。気持ち悪い。

「カナちゃん、お薬飲めそうですか?」

 そう言って額に触れた手が冷たくて気持ちがいい。

 重い瞼を開くと、長い三つ編みがトレードマークのお姉さんが心配そうにわたしを見ていた。この家の家政婦さんみたいな人だ。名前はいのり。

 この辺りには年の近い子供がいないし、わたしの両親だという人たちはあまりこの家に帰ってこないから、いのりはわたしのお母さんで、お姉さんで、友達のような存在。

 ちいさく首を縦に振ると、頭がぐわんぐわんと揺れるような感覚がして、余計に気落ち悪くなった。でも、いのりの少し安心したような顔を見ると、痛みが和らいだ気がした。

「はい、あーんして下さい。苦いけれどちょっと我慢してね。はい、ごっくん。よくできました」

 薬を飲むと、いのりが優しく頭を撫でてくれた。

「もうちょっと眠って下さい。次に目が覚めた時には、良くなっていますように」

 いのりはいつも誰かのために何かを祈っている。だから私達は『いのり』という名なのですよ、と言っていた。

 わたしの名前は『いのり』じゃないけど、いのりがこんな辛い目に合いませんようにって、いのってもいいかな。

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