603.ガイドビデオ
まさに魔術的な手腕だった。
あれだけ小汚かった休憩室が、エミリーの手が入った途端みるみるうちに綺麗になっていく。
一緒にいて、新しい休憩室を一からやってもらって、その様子をずっと見ていた俺だが、途中で何をどうしたらあんなに綺麗になるのか分からなかった。
まるでキ○クリくらったかのような、始まりと最後だけ見せられて、途中の経過をすっ飛ばされてしまったかのような、そんな不思議な気持ちになってしまう。
「ふぅ……これでどうですか?」
「いや素晴らしい、さすがエミリーだよ」
きらきらと光る額の汗を拭うエミリーをねぎらう。
「ありがとうなのです」
「いや、ありがとうはこっちの台詞だし、本当にすごいよ。何をどうしたらこんなに綺麗になるのか全然分からなかった」
「普通なのですよ?」
エミリーはキョトン、と小首を傾げた。
「いやいや……例えばさ。ちょっとごめんな」
俺はそう言って、休憩室の真ん中にでっかい染みを出現させた。
ものすごく頑固で、いかにもこびりついてる年代ものっぽい染みだ。
「これ、どうしたら消える?」
「はいです。雑巾をぬらして、ちょっと硬めに絞るです」
「うん」
「こうしてキュキュッとふくです」
「うん」
「消えたです」
「いやその理屈はおかしい」
俺は盛大に突っ込んだ。
実際には、エミリーがふいたら染みは消えていた。
だけど俺は知っている、さっき出したあの染みはおいそれと消せるものじゃないと。
それこそ風呂場にある鏡の水垢くらいに頑固で、拭いた程度じゃ落ちる代物じゃない。
伊○家の食卓ばりの裏技を駆使して消した方がまだ納得がいく。
「え? どうして消えないです?」
「天才だ……これは天才の所業だ……」
マジでキョトンとなっているエミリーを見て、彼女こそ転生もののキョトン系主人公なんじゃないかって思えてきた。
少なくとも掃除とか、家の住環境を維持・整備する事にかけては、エミリーは紛れもなく天才である。
「ふふっ……」
「ん? どうしたエミリー、急に笑ったりして」
「思い出してたです」
「思い出してた?」
「はいです、ヨーダさんと知り合ったばかりの、二人で住んでたあそこのことを思い出してたです」
「ああ……」
俺はなるほどと頷いた。
確かに、今の状況と同じだ。
俺がこっちの世界に転移してきて、エミリーと出会って、その恩義に報いるためにしゃかりきに稼いで、初めて借りた月2万ピロの安アパート。
築80年を超えるアパートは、言うまでもなくボロかった。
それが、エミリーの手にかかればものすごい明るくて暖かさのある空間に変わった。
お掃除だけと本人はいうが、あれは匠の仕事を余裕で上回る変貌だ。
それと今の状況はよく似ている。
ボロボロな休憩室を、エミリーが手を加えてリフォーム級のお掃除をする。
「確かに懐かしいな」
「はいです」
「いつもいつも悪いな、こういうのばっかりお願いして」
「大丈夫です、こういうのすごく楽しいです」
「そうか? それならいいんだけど」
エミリーの言うことが本当なのは分かる。
お掃除に関して、彼女がいやいやとやっているのを一回も見た事が無い。
いつも楽しそうにやっている。
よく考えれば当然だ。
いやいややっていては、あんな明るくて暖かさのある空間が出来るはずも無い。
天才の、心からやりたいと思う仕事だから、匠を超える仕事っぷりになるのだ。
「あの頃がちょっと懐かしいです」
「そうだな。俺もあの頃はオールFで、今より色々工夫してたもんな」
「今は全部SSなのです。あの頃のヨーダさんに出来る事なら、今はもっと楽にできるです」
「……え?」
エミリーの言葉に引っかかった。
驚きの顔でエミリーを見つめる。
「どうしたです? 私なんか変なことを言ってたです?」
「いや……あの時の俺に出来る事なら、今の俺はもっと楽にできる?」
「はいです……それ、おかしかったです?」
「いや、おかしくはない」
俺はあごを摘まんで、うつむき加減で少し考えて。
「それって、あの時の俺に出来る事なら、今のエミリーも楽にできるってことだよな」
「え? はい……そう思う、です?」
エミリーは二回頷いた。
最初は自信なさげに頷いてから、じっくりと考えたあと「やっぱりそう」って感じで頷いた。
それも当たり前の話だった。
転移した直後で、銃もなく能力オールFの俺だ。
あの時の俺にできたことなら、今のエミリーはもっと楽にできるのは当たり前だ。
彼女は今や☆をもつ上級冒険者。
世界でもかなり上位にいる実力者だ。
問題はそこではなかった。
「あの時の俺に出来る事なら、他の冒険者も楽にできる?」
「ヨーダさん、何を考えているです?」
「……ちょっと待ってくれ」
俺はそう言って、休憩室を出た。
そして何もない壁の所に手を触れて、新しい部屋を作った。
「それはなになのです?」
「資料室……って、ところかな」
「資料室……」
部屋の中に入って、人間っぽい見た目を作り出した。
「ヨーダさんだ」
「俺の、能力オールF状態を想定したヤツだ」
「はあ……」
「でもって……」
今度はモンスター・お局様を作り出した。
直後、オールFの俺とお局様が戦った。
能力が低いから、もちろん俺があっさりやられた。
「うーん、まあ最初はこうか」
「何をしているのです?」
「ガイドビデオ、ってところかな」
「ガイドビデオ?」
「オールFの俺で階層のモンスターを倒すガイドビデオ。能力が低くてもできる、という感じにするつもりだ。オールFの俺ができれば、他の冒険者もできるだろ?」
「おおぅ」
エミリーは目を見開き、感心したって顔をして。
「それは素晴らしいです。さすがヨーダさんなのです」
満面の笑みで、俺を褒めちぎってくれたのだった。




