602.エミリーの領域、再び
俺は「休憩室」と書かれた部屋の中にいた。
ガチャリとドアを開けて、中に入る。
「……ふむ」
入った瞬間、これってどうなのかな、ってちょっとだけ思った。
サトニウム(仮)の内装は、俺が知っているオフィスの内装をイメージして作られている。
この休憩室もそうなんだけど……違う意味の休憩室になった。
「これじゃ喫煙室だよなぁ」
俺は苦笑いした。
うちの会社では、喫煙者だけ「タバコタイム」ってことで仕事中でも休憩を取ることが許された。
俺は吸わないけど……いやだからこそなのかな。
休憩=喫煙室ってイメージがついてしまったのは。
「なにはともあれ、これじゃダメだな」
俺は一旦部屋の外を出てから、目を閉じてイメージし直した。
まぶた越しでも分かるほど、まばゆい光が一瞬だけピカッとなって、すぐに収まった。
そして、再び休憩室のドアをあけて中に入る。
「いやいや」
部屋の中はものすごくブラック感しかない内装になっていた。
オフィスで使われるようなデスクがずらりと並べられている。
そのデスクの下にはそれぞれ寝袋が一つ敷かれている。
サラリーマン時代、デスクの下で寝袋をつかって夜を過ごした数は数知れない。
そのせいで、イメージが強すぎて休憩室=デスク下の寝袋になってしまった。
「これはよくないよな」
俺はますます苦笑いしつつ、独りごちた。
休憩室を作ろうと思ったのは、セルがダンジョンの中で作った休憩所を真似ようと思ったからだ。
それ以前に、ゲームをやって、ダンジョンの中に回復ポイントがあるときはものすごく助かるというのもある。
だから、休憩所をつくろうとした。
だが、なんとも上手く行かない。
ちなみに、今でも効果はでている。
この部屋にいると、MPが徐々に回復していってるのを体感できる。
俺のイメージで作った「休憩所」がなんかよくないってだけで、回復効果はしっかり出ている。
ちなみに、ステータス上のHP・MPと違って、現実にいたときもHP・MPと言ってた時期がある。
HPは言うまでもなく体力。これは寝るとか物を食べるとかで回復する。
MPはたぶん俺だけがいってるものだけど、メンタル的な物で、マンガとかアニメをみたり、何か娯楽で回復したりする――やる気のようなものだ。
この休憩所は、実際のHPMPだけじゃなく、やる気という意味のMPも回復させたいな、と思って作っている。
俺はもう一度部屋から出て、目を閉じてイメージした。
部屋がまた光って、中が変わった。
もう一度ドアをあけて中に入る。
「……ちょっとマシになったけど」
やっぱり苦笑いするしかなかった。
そこは、俺のへやだった。
六畳一間に万年床の煎餅布団、なんなら部屋の隅っこにGが出そうな汚い部屋だ。
確かに寝るための部屋だが、こんなところじゃ休まらない。
「うーん、どうしたもんか」
「あっ、ヨーダさん見つけたです」
「ん? エミリー?」
声に振り向くと、そこにはエミリーがいた。
「どうしたんだエミリー」
「ちょっとヨーダさんに……ここ、どうしたです?」
「ああ、ちょっとな」
「ちょっと掃除していいです?」
「え? ああいや」
俺が口籠もっていると、エミリーは既に動き出していた。
現実世界での俺の部屋をイメージした部屋を掃除する。
あっという間に、部屋がピカピカになって――温かくも優しい神殿のような波動を放つようになった。
「すげえ……」
思わずそうつぶやいた。
そういえば、エミリーは前から「ダンジョンマスター」ってあだ名がついてたんだっけ。
ダンジョンを綺麗にして、まるでそこの支配者のようになる。
そういう意味のダンジョンマスター。
「エミリー!」
「は、はい!」
「ちょっと助けてくれ!」
休憩所作りにはエミリーの力が必要だと。
俺は彼女の手を取って、まっすぐ目をのぞき込んで、拝み倒した。




