594.最強のダンジョンマスター
自分でもはっきりと分かる位に、俺は困惑していた。
ダンジョンマスター・エミリー。
そう呼ぶしかない存在に、俺は困惑していた。
それとは対照的に、ネプチューンは実に楽しげな感じで笑った。
「いやはや、彼女がダンジョンマスターか。やっかいなことこの上ないね」
「そうおもうか?」
「強いからね、なんてたって三つ星冒険者――ああでも、ダンジョンマスターだと本人と能力が違うって事もあるのかな?」
「ああ……それもそっか」
見た目がエミリーだからといって、能力までもがエミリーとまったく同じだとは決まってない。
事務のお局様とかも、ちゃんとモンスターっぽい能力だったしな。
「どういう能力なのかな」
「それはさすがにここじゃためせないな」
俺は苦笑いしつつ、ダンジョンマスター・エミリーを消した。
エミリーと能力が一緒にしろ違うにしろ、ダンジョンマスターだ。
こんな酒場の個室で暴れさせて良いはずがない。
☆
俺は一人で、あの安アパートに戻ってきた。
アパートに入って、再びダンジョンへ――サトニウム(仮)に戻った。
ちなみに一人なのは、この段階でまだ他の誰もいれたくないからだ。
新しいダンジョンだから危険があるかも知れないし――場所が場所だし。
だから俺はネプチューン達に別れを告げて、一人でここに戻ってきた。
階段を降りて、エレベータホールの辺りで、再びダンジョンマスターを呼び出す。
ダンジョンの中にいると、より一層強く感じるダンジョンマスターが放つ威圧感とその空気。
天使の様な笑みをたたえたエミリーが、まるで魔王のごときオーラと威圧感を放っていた。
「Gがいるわけでもないのにな」
俺は思わず苦笑いした。
今のエミリーは、ああいう時のエミリーを彷彿とさせている。
「さて……やるか」
俺は距離を取ってから、ダンジョンマスターに「GO」サインをだした。
瞬間、ダンジョンマスター・エミリーが肉薄してくる。
ハンマーを軽々と持ち上げ、跳躍しつつハンマーを振りかぶってきた。
俺はさっと真横にとんだ。
勢いはすごいが、直線的なハンマーの振りおろしを楽にかわした。
――と、思ったのだが。
「うわっ!」
思わず声がでた。
エミリーのハンマーが地面を叩いた瞬間、妙な引力が俺の体を引っ張った。
まるで磁石に吸い寄せられるかのごとく、ハンマーに吸い寄せられていった。
身動きがままならない中――ガツン!
ダンジョンマスター・エミリーのハンマーが、横向きにフルスイングして俺を吹っ飛ばした。
「いてて……」
とっさに両腕をクロスさせてガードするも、ガードを貫通して骨の髄まで響く痛みだ。
そのまま空中でぐるっと半回転して、体勢を整えて着地――するとダンジョンマスター・エミリーはもう目の前に迫っていた。
「楽させてくれないのか!」
ほとんど気を抜いていないのに、ハンマーは容赦なく目の前に迫っていた。
今度は対処出来た。
ガードしつつ、その勢いを利用して、さっき以上の速度で飛んで距離を取る。
そして着地する前から二丁拳銃を抜いて、弾丸もこめる。
ダンジョンマスター・エミリーはもう突進を始めていた。
着地するとまた狩られるから、空中で牽制用に通常弾をばらまくことにした。
「――っ!」
引き金を引けなかった。
とっさに目に入ったのが、いつものエミリーの美しい顔だった。
一番最初の仲間、ファミリーの大事な人。
そんなエミリーと本気で戦おうだなんて思った事は一度もない。
とうぜん、こんな風に銃口を向けたこともだ。
だから引き金を引こうとした瞬間、手が固まって止まってしまったのだ。
俺は引き金を引けなかったが、ダンジョンマスター・エミリーはそういう感情とは無縁の存在だった。
彼女はすぐに目の前に迫ってきて、ハンマーを振り下ろした。
まだ腕をクロスさせてガードするが、体勢が悪かった。
吹っ飛ばされるんじゃなく、地面に打ち付けられるようなハンマーの軌道。
それでガードはしたが動きが止められた。
それを逃さず、ぐるっと縦に一回転して、その勢いのままハンマーを更に振り下ろしてきた。
まずい! エミリーの得意技だ。
足が止まった状態でこれを受けるのは非常に危険だ。
俺はとっさに、加速弾を自分に撃った。
エミリーの見た目をしたダンジョンマスターには撃てなかったが、自分に注射の様に加速弾を撃ち込むのは訳もなかった。
加速した世界に入り、エミリーのハンマーを避けた。
さすがのダンジョンマスター・エミリーも、加速弾をうった俺の動きにはついて来れない。
俺は悠々とその死角に潜り込んで、銃口を突きつける――が。
「だめだ、やっぱり撃てない」
俺は苦笑いして、拳銃を下ろした。
そしてそのまま、ダンジョンマスター・エミリーを「消した」。
引き金は引けなかったが、消すことは出来た。
「しかし……うん、強かったなあ」
ダンジョンマスター・エミリーへの素直な感想、それはシンプルに「強かった」の一言だ。
本物のエミリーを彷彿とさせる強さだった。
動きもそっくりだし、攻撃力も――普段受けてないから想像だけど、ほとんどエミリーのままだ。
そして、エミリーにそっくりな見た目が、反撃できなくさせた。
「これって……普通の冒険者もそうなるんじゃないのか?」
俺は微苦笑しつつ、そう思った。
今や、エミリーも有名人だ。
エミリーモデルのハンマーが同じタイプのパワーファイターの間で愛用されてて、エミリーは教祖というか、アイドルというか、そういう感じのポジションに収まっている。
ファンがものすごく多いって事だ。
そのエミリーの見た目をした、ダンジョンマスター。
「……もしかして、ダンジョンマスターの中でも最強……なんじゃないのか?」
俺は冗談抜きでそう思った。