589.事務のお局様
俺は目を擦った。
ゴシゴシと擦ってから、まわりをよく見回した。
景色は変わらなかった、やっぱりオフィスって感じの場所だった。
「元の世界にもどった……のか?」
そうつぶやきつつ、まずはアイテムを確認。
グランドイーターのポケットの中に入っている、拳銃や銃弾を始めとする、ダンジョンでゲットした様々なアイテムは残っていた。
そして、ポータブルナウボードを取り出して使った。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP SS
MP SS
力 SS
体力 SS
知性 SS
精神 SS
速さ SS
器用 SS
運 SS
―――――――――
―――2/2―――
植物 S
動物 S
鉱物 S
魔法 S
特質 S
―――――――――
見慣れたステータス、俺のステータスだった。
ついでにいくつか覚えてる魔法も使ってみた。
それらは問題なく効果を発揮した。
ファイヤボールはデスクの書類を燃やし、ウインドカッターは机を引き裂いた。
魔法も問題なく使えた。
色々とやって、いきなりのこれにパニックになりかけた頭に、徐々に冷静が戻ってきた。
人の気配がしなかった。
ステータスウインドウを出したり、魔法をぶっ放したりしているのに、それに反応する人間はいない。
そもそも人間がまったくいない。
「……もしかして」
俺はオフィスの窓際に行って、窓を開こうとした――が開かなかった。
それは、窓の見た目をした壁だった。
「やっぱり、バナジウムと一緒か」
今はみんなが住んでいる屋敷、バナジウムダンジョン。
サロンを始め、いろんな部屋には屋敷っぽく見えるように、窓がつけられている。
その窓は外に繋がってはいない、窓の絵になっているだけだ。
ここも同じだった。
オフィスに見える所にある窓は、窓っぽく見える絵が描かれているだけだった。
つまり、ここは。
「ダンジョン、か」
そう結論して、俺はパニックになりかけてすっかりスルーしていた、脳内マップの方に意識をむけた。
ダンジョンの構造が分かって、更にモンスターの居場所も分かる様になった能力で確認した。
すると、ダンジョンの構造がはっきりと頭の中に浮かび上がってきたが、モンスターの光点は一つも見当たらなかった。
「モンスターがいないのか? 後から現われてくるのか?」
俺は首をかしげつつ、まずはここからの脱出を考えた。
はじめて来たダンジョンだから、転送ゲートは使えない。
まずは自分の足で抜け出すしかない。
俺は脳内マップに沿って、オフィスの中を歩き回った。
窓は偽物だが、ドアは本物だった。
ドアを開けて外にでると、脳内マップであらかじめ読み取っていた通りの、細い廊下だった。
「って、ことは。あっちがエレベータか」
こういうオフィスビルの構造はある程度似通ってて、パターンがあるものだ。
脳内マップ――平面図を見ただけで何となく何がどこにあるのか分かるもの。
特にトイレとか、給湯室とか。
そういうのはよく分かる。
エレベータもそうだ。
俺は自分の感覚を信じて、エレベータホールにやってきた。
やってきた所は、果たしてちゃんとエレベータホールだった。
俺はエレベータに近づいて、上のボタンを押す。
「…………」
しばし待つ――が、エレベータは来なかった。
それどころか押したボタンが光りもしない。
エレベータが動いている様な感じはなかった。
「ボタンは押せるんだよなあ……」
俺は何度もボタンを押し直した。
下へのボタンも押してみた。
しかしやっぱりエレベータはこなかった。
「動きそうなんだけどな……」
窓がただの絵だったのと違って、エレベータのボタンもその本体である扉も、ちゃんとしたものだった。
ボタンは押せるし、扉も開けそうだ。
試しに扉の隙間に指を入れてこじ開けようとするが――開かない。
手で開く事を諦めて、扉に鉄壁弾を撃った。
どんな障害でも構うことなくひたすら直進する。
カーボンの次元の扉さえも破って直進し続ける鉄壁弾をエレベータの扉に向かって撃った。
進む鉄壁弾。
扉はミシミシと軋み音を立ててひしゃげた。
そのまま、ぶっ壊れてしまう。
俺は壊れた扉から頭を乗り出し、上と下を見た。
「……こりゃだめだ」
一瞬でそう感じた。
エレベータの中はちゃんと空間があったが、上も下も、何も見えない「暗闇」だった。
どこに繋がっているのか分からないが、無策で突っ込んじゃいけない場所なのは直感でわかる。
俺はエレベータを諦めて、脳内マップで階段を探した。
「にしても……ちゃんとダンジョンしてるな」
俺はちょっと感心した、同時に不思議がった。
パッと見、ここは元の世界にあるどっかのオフィスだった。
ちなみに俺が務めてた会社じゃない。
どっかの取引先の会社でもない。
まったく知らない、初めてみる構造だ。
そこはしかし、ダンジョンだった。
エレベータの中から見える上と下はまったくのダンジョンだった。
モンスターがいないのが不思議な位、ものすごくダンジョンダンジョンしたダンジョンだ。
「名前なんだろうな、ここ」
こんなにも「オフィス」っぽいダンジョンの名前と、その精霊の事がとても気になってきた。
とりあえず今は脱出を、そしたら仕切り直して精霊に会いに行くために攻略しよう。
そう決めて、階段にむかった。
階段について、まずは上に向かった。
この世界のダンジョンは、大抵が下へ下へと潜っていくものだ。
テネシンみたいな例外はあるけど、ほとんどは「潜る」ものだ。
だから「帰る」って考えた時、俺はまず上へと向かうことにした。
一階上がっても、やっぱりオフィスのままだった。
構造は大きくは変わらない、ビルの中が違う階に行ったとしても、大まかな構造は同じなのと同じだ。
特にエレベータの場所は同じだった。
俺はある事を思い出して、エレベータに向かった。
たどりついたそこに、「下」いきのボタンをおす。
すると、さっきと違って、今度は反応があった。
「チーン」という古典的な音が鳴って、ドアが普通に開いた。
中は普通のエレベータだった。
十人程度が乗れる位の、中型のエレベータだった。
中に入ってみると、行き先の階のボタンが二つあった。
下の階を押して、何となくクセで「閉」のボタンを押した。
扉が閉まって、エレベータがはっきりと下に向かって動き出した。
そして止まって、扉が開く。
外にでると――。
「ああ、さっきの階だ」
脳内マップで分かる全体の構造、上とは違う構造だが、俺が飛ばされた階のものだった。
振り向いて、下のボタンを押す。
反応はなかった。
次に上のボタンを押す、今度は反応があって、扉が開いた。
やっぱり思ったとおりだ。転送ゲートと似たようなものだった。
つまり、エレベータは一度いったことのある階にいける。
さっきなにも反応しなかったのは、上にも下にも行ってなくて、どこにも行けないからエレベータは反応してなかったんだ。
「ますますダンジョンだな」
こういう特性は、やっぱりダンジョンのものだ。
俺はますます、元の世界に戻らされたんじゃなくて、異世界のまま、どこかのダンジョンに飛ばされたものなんだと確信した。
しかし、そうなると一つ大きな問題がある。
モンスターだ。
まったくモンスターが見当たらない。
この異世界では、モンスターを倒して、そのドロップ品が人々の暮らしを支えている。
ダンジョンだけあっても意味がない、ドロップするモンスターが一番重要なんだ。
それがないのは……何故だ?
「こういうダンジョンだと……事務のお局様みたいなのが強敵だな」
そうつぶやいた次の瞬間、俺は驚く。
まさしく「事務のお局様」みたいな女が目の前に現われた。
そしてーー脳内の光点。
「モンスターか!? ……なぜ?」
俺は、また混乱してしまうのだった。




