588.オフィス
「やあお久しぶり」
「お久しぶり、です」
「大変だったよ。でもまあ、会えて良かった」
俺はそう言いながら、ニホニウムに近づいていく。
敵意はない、当たり前だ。
そもそもダンジョンでも困らせようという意図は強かったけど、敵意とか殺意とか、そういうのは一切なかった。
だから俺は普通に、ニホニウムに近づいていく
「あえてよかった、ですか?」
「ああ」
「……」
ニホニウムは嬉しそうな、それでいてすねている様な、そんな複雑そうな顔をした。
「で、どうする」
「どうするって……なにがですか?」
「俺は何をすればいい。何をしてやれる?」
ダンジョンの精霊達は、みな何かしら強いこだわりというか、望みを持っている。
ほとんどの場合がその一点のみで、他は何も気にしないことが多い。
「これさえあれば他は何もいらない」を地で行くようなもの達だ。
その分、ほしがるものはとことんまでほしがる。
ニホニウムもきっとそうだと思う。
だが、それを俺が判断したり、変に忖度しては話がおかしくなると思う。
ここ最近の事で学んだこと。
ちゃんと言葉にして伝え合うのが大事だと思った。
「それは……」
「何をしたいのか分かってるのか?」
「…………」
ニホニウムは長い沈黙を経て、熟考した後に。
「ダンジョンにもっと人間に来てもらって、みんなを困らせたいです」
「……なるほど」
と、控えめながらも、迷いない口調で言った。
ちょっと予想外だった。
さくら達がいろいろはやしたりからかったりしてくるから、俺はてっきりそういうので来られるものだと、ちょっとだけ覚悟を決めていた。
「さっき、みんなをわけて攻略させたら、みんなが困ってそうなのが伝わってきましたから」
「それがよかったのか」
「……はい」
「なるほど」
直前になって変わったって事か。
いや戻ったと言うべきか。
もともとニホニウムはそれを願っていた。
もっと冒険者に来てほしい、そして困って欲しい。
かなり最初の段階からそういう感じだった。
それがもどっただけ、と考えればなんの不思議もない。
「だったらこうしよう。ダンジョンの中身はもう少しは変えられるだろ?」
「う、うん……それは出来ますけど」
「だったらさっきのレイド……複数人を分けさせて同時攻略させるものだけど、あれの数を増やすといいんじゃないかな」
「人数を増やすってことですか?」
「いいや、人数はそのまま、可能性だけ増やす」
「……?」
ニホニウムは首をかしげた。
「冒険者って、安定周回が最重要だから、ダンジョンの階層ごとにあわせて最適化した装備とかわざとかでくるよね」
「ええ」
そこまでは知っている、って顔で頷くニホニウム。
「今回で言うと、攻略を考える冒険者は、最低でも三つの可能性に備える。備えた何かは、使う可能性がある」
「はい」
「そこで可能性を増やす。例えば5つにする。でも使うのは三つ」
「そうすると……どうなるんですか?」
多くの精霊がそうであるように、ニホニウムも人間の事があまりよく分かっていない。
彼女は盛大に首をかしげ、聞き返してくる。
「すると二つ分の準備がまったくの無駄になるんだ。準備が無駄になるのはがっくりくるもんなんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。そうじゃなくても、使わない荷物をわざわざ持ってこさせるのは結構な嫌がらせだろ?」
「あっ……」
そこは説明されて、理解できたようだ。
昔、上司に使いもしない会議資料をさんざん作らされた時の事を思い出した。
明日の朝一までに作ってこい、終わるまで帰るな。
そう言いながら自分はさっさと帰って、その上こっちが徹夜でどうにか間に合わせた会議資料をまったく使わなかった。
うーん、思い出しただけでちょっとイラッときたぞ。
「ああ、そうだ」
「なにがですか?」
「今のままでも別にイイかもしれない。みっつ用意させて、三人ともまったく同じパターンにする」
「――二つ分がまったくの無駄になる!」
ニホニウムはハッとした、俺が頷くと、ぱあと顔をほころばせた。
「肝心なのはランダムにする事だな。冒険者はまったく読めない、すると全部準備しなくちゃいけなくなる」
「なるほど……ふふふ」
ニホニウムはますます嬉しそうに、悪戯っぽく笑った。
冒険者達に一泡吹かせる事ができるッぽい流れになってきて、ますます嬉しそうにしたのだ。
「そうなると今のドロップじゃ弱いな。もっとこう、難しくても来たくなるドロップにしなきゃ。ドロップはかえられそう?」
「ええっと……今まで出したことのあるものなら」
「そこもいままで通りなんだな。わかった、じゃあ品種改良しよう。ダンジョンマスターはだせて動かさないようにできるよな」
「それは問題ないです」
「よし、じゃあそれはやろう。何が出てくるか分からないけど、一階ずつ変えていこう」
俺はニホニウムと一緒に、更なるニホニウムダンジョンの改良に色々意見を出し合った。
話が盛り上がってきた。
ニホニウムとも充分に打ち解けてきて、ここにいる必要性がないのと、さくらにも意見を求めた方がいいってなったから、俺達は屋敷に帰ることにした。
そうして並び立って、一緒に階段を上ると、ニホニウムはふと思い出したように。
「なんだか、あなたの方が精霊みたいです」
「最近それを言われたばかりだ」
「せっかくだからなっちゃいますか?」
「なろうとおもってなれるものじゃないだろ」
そりゃサトニウムは存在するけど。
打ち解けた度合いが、そんな軽口を言い合えるようになって、俺はほっとした。
そして、階段を上がっていくと――。
「え?」
まるっきり、違う所にとんだ。
上がった先は内臓ダンジョンだと思い込んでいたので、完全に虚を突かれる形になった。
そこは、内臓ではない。
それどころかダンジョンですらない。
「……会社?」
人気こそないが完全にオフィスの中。
そんな、見た目の場所だった。




