587.到着
ヤタガラスが玉を取り込む。
場面が一変して、灼熱の大地になった。
俺は我慢しつつ、ヤタガラスの攻撃をやり過ごした。
飛び道具がほとんど例外なくとかされていくから、銃をしまってとにかく回避に専念した。
回避してやり過ごしつつ、タイミングを待つ。
やがて、打ち合わせしたタイミングがやってきた。
「おっ」
瞬間、ヤタガラスの足が二本、まとめて折れた。
ぴったりなタイミングだ。
「エミリーもセレストも、早速対応したか」
俺は手をつきだし、リペティションを唱えた。
それでは倒せなかった時の保険のために、同時に地面を蹴ってヤタガラスに向かって突進する。
結果それは杞憂だった。
ヤタガラスの三本目の足は音を立てて折れて弾けた。
そして、フィールドも一変する。
ガラスが砕け散ったようなエフェクトの後、広い部屋に飛ばされた。
不自然に白い、階段以外なにもない部屋。
そして。
「みんな!」
エミリー、セレストだけじゃなく、もう片方にいったさくら、アリス、イヴ達の姿もあった。
「大丈夫だったか?」
「なんとか大丈夫だったです」
「いろいろ焦ったわ」
「あたしが一番ピンチだったんじゃない、あの太陽のヤツ」
「あれ太陽なの?」
攻略のあと集結した仲間達は、口々に今のヤタガラス戦の感想で盛り上がった。
それぞれ大変自慢をしているあたり、まだまだ余裕があるみたいでちょっとほっとした。
「にしても、あたしはもう一回あるって予想してたんだけどね」
さくらが急にそんな事を言い出した。
「もう一回って?」
「最後に八人レイドが残ってるかなって」
「八人……ヤマタノオロチか」
俺がいうと、さくらは頷いた。
「それ出てきそうじゃん?」
「言われてみるとありそうだけど、ヤマタノオロチはもうでたから」
「それもそっか」
さくらはあっさり納得してくれた。
一度出たからもう出ないって誰が言った――なんていうツッコミが頭に浮かんできたが、それを言い出すとキリがないしやぶ蛇になりそうな気がしたから、言わないでおいた。
そして、みんなが一斉に階段に振り向く。
「あの下にニホニウムがいるのかな」
「多分そうだ、今までの精霊の所に繋がる部屋と同じだから」
「はいです」
おそらく一番最初に精霊にあった仲間、エミリーが大きく頷いた。
「じゃあ、あたしらはここで帰るから」
「え?」
引き上げようとするさくらに驚き、彼女の方を向く。
すると、さくらだけじゃなかった。
エミリーもセレストも、アリスもイヴも、全員が既にやりきった顔で引き上げようとしている。
「みんな帰るのか?」
「はいです」
「ここから先は、一緒について行ったら野暮だと思うわ」
「ニホニウムは私の事呼んでないから。ニホニホも違うし、シズシズもちょっと違うかな」
アリスが独特な感覚からそう言うと、さくらがそれを引き継いだ。
「おじさんしかお呼びでないって事だよ。あたしらが行くと馬に蹴られて三途の川だから。このダンジョンだと本当に三途の川出てきそうだし」
愉快そうに笑うさくら。
「三途の川って何です?」
「おじさんとニホニウムみたいなのを邪魔した人が飛ばされる場所だよ」
それは盛大に間違ってると思う。
そんな間違った知識で盛り上がるさくらたちは、一斉に引き返していった。
やることはやった、後はどうぞ――って感じの気楽な様子だ。
鬼もヤタガラスも簡単な攻略じゃなかったろうに……。
「みんな、ありがとう」
俺がいうと、さくららは振り返りもせずに手をあげて、イヴだけ振り向いて舌をぺっ、って出して行った。
みんなが帰って行ったのを見送ってから、俺は気を取り直して、階段に向き直る。
そして、階段を降りていく。
一瞬だけ「まだ何かあるかも知れない」という考えが頭をよぎったが、杞憂に終わった。
雰囲気が、何度も通い慣れていて体で覚えたそれだった。
ニホニウムダンジョン、精霊の部屋。
着物姿のニホニウムが、静かに俺を見つめていた。