581.上がるハードル
ニホニウムダンジョン地下十五階。
さくらとアリス、そしてイヴが降りていった先にも鬼が待ち構えていた。
「なんかつよそう」
鬼を見たアリスは、率直な感想を口にした。
とは言えその「強そう」にはどこかワクワクするニュアンスが含まれていて、状況を楽しんでいる様にさえ聞こえる。
一方のイヴは二人につかず離れず、あまり目の前の鬼に興味なさげな感じだ。
「こういうパターンで弱いって事はないだろうね」
「戦ってみればわかる」
「そうだね。イヴちゃん、前衛お願いできる?」
「高レベルの頼みならしょうがない」
そう言いながら、やれやれ――って感じでイヴが飛び出していった。
反応し、迎撃する鬼と、手刀で打ち合った。
パパパパパパ――
一発だけ撃ち合ったように見えて、マシンガンのような破裂音が響き渡った。
豪腕の鬼が初手からイヴに打ち合い負けて、よろめいて一歩後ずさった。
「イヴちゃん! それ強すぎ、押さえて押さえて」
「わかった」
追撃態勢に入ったイヴだが、さくらのかけ声で思いとどまった。
そのまま鬼のまわりを遊走して、攻撃を牽制する。
その間、アリスが召喚したホネホネやプルプル等の、可愛らしい見た目の仲間モンスターがイヴと鬼のまわりを取り囲んだ。
さくらはスケッチブックに描いた有刺鉄線をジェネシスで具現化して、その更に外側をぐるっと取り囲んだ。
イヴと鬼の初手の打ち合いから力量をある程度測れた三人は、倒すことではなく時間稼ぎモードにはいった。
最初の取り決めだと、時間が余ってしまう。
その時間になるまで時間稼ぎをする必要があるのだが――。
「あれ?」
さくらが異変にまず気づいた。
次にイヴ、最後に遅れてアリス。
鬼の異変に、その場にいる全員が気づいた。
鬼は動いている、が体がまるでクリスマスのイルミネーションの如く明滅している。
「気をつけて、なんかの攻撃かもしれない」
「大技かな」
「かもしれない」
「違う……」
イヴが静かにさくらとアリスの推測を否定した。
「違うって何が?」
「頭を見る」
「頭って――あっ、角が折れてる!」
「本当だ」
イヴに少し遅れて、さくらとアリスもその事に気づいた。
体が明滅している鬼の二本の角が、いつの間にか片方折れているのだ。
「どういうこと?」
「……おじさん達が倒しちゃったんだよ、きっと」
「え? でもタイミングはもうちょっと先だよ?」
「弱かったからうっかり倒しちゃったんだよ。イヴちゃんだってさっき倒しかけたじゃん?」
「そか」
さくらが言い、納得するアリス。
「ああっ! 角が戻っちゃった」
「どうする?」
「……倒しちゃおう。二回目なら、向こうにおじさんいるし、あわせられるはず。お願いイヴちゃん」
「わかった」
イヴは頷き、再び鬼に挑んでいった。
さくらとアリスは包囲をしいたまま、何かある時のために待機した。
ふわりと飛び込むイヴ、振り下ろされる手刀。
再び打ち合う鬼。
その鬼の腕が、打ち合った瞬間、さっきと同じマシンガンの様な破裂音を立てて、内側からはじけ飛んで、辺りに血と肉をまき散らした。
そして、膝をつく鬼。
腕がはじけ飛んだ瞬間、角の片方――さっきとは違う方の角が折れた。
「さあ、やっちゃっておじさん」
さくらがつぶやいた次の瞬間、パキーン! ともう一本の角も折れた。
二本のつのが折れて、シュウゥ……と鬼が消えていく。
鬼がいた場所には、蛇の様な鱗をした見た目の果物がおちていた。
それを拾い上げるさくら。
「スネークフルーツかあ」
「美味しいの? それ」
「リンゴっぽくて美味しいよ。ちょっとすっぱいけど」
「へえ……はうぅ……本当にすっぱい」
「ニンジン以外食べるから、そういう目にあう」
女の子達三人がスネークフルーツに話の花を咲かせていると、状況に変化が起きた。
階段が現われた――三つも。
「これ……やっかいだよ」
さくらは眉をひそめ、苦笑いしたのだった。