578.愛のあるツッコミ
「……ぷっ」
一呼吸の間を開けた後、さくらは口を押さえてふきだした。
「な、なんで?」
「ごめんごめん、なんかおかしくなっちゃって」
「おかしくなったって、俺は真面目に――」
「大丈夫大丈夫、おじさんがいってるその人の事はわからないけど、おじさんがそうじゃないってのはわかるから」
「……なんでそれがわかるんだ?」
俺は眉をひそめて、さくらに聞く。
そこまでいいきる理由が、今はどうしても知りたかった。
「だっておじさん、気にしてるじゃん。ああいう人って、『え? 俺なんかやっちゃいました』な人だから。おじさんよりもチーレムむきな人」
からかい混じりにさくらがいう。
「でも」
「おじさんのそれ、『俺は悪だぞ』って自分から言ってるようなものだから。そういう人が本当に悪ってないでしょ」
「……むぅ」
「おじさんが心配してるのは、自分はついついブラック企業みたいな動きをするから、みんなとパーティー組んでたら迷惑かけちゃうって事なんでしょ」
「ああ」
「でも、おじさんはそれをみんなに強要しないじゃん」
「……」
「だったら、ついて行けなかったらこっちが勝手に休むし、もうダメって言ったらおじさんも止まるでしょ」
「……そう、かな」
さくらにそう言われて、首をかしげて考える。
たしかに……そうかもしれない。
俺は突っ走ってしまう。
ついつい月30日換算して、休みなんて考えないでやろうとする。
でも、それをみんなに強要する事はしない。
さくらの言うとおり、誰かが音を上げたらきっと俺は止まる。
うん、止まる。
それは間違いない。
「だったら、問題ないじゃん?」
「……そうだな」
苦笑いするしかなかった。
長い間、自分の中でうっすらと怖がっていたことが、なんだかなんでもないことみたいだった。
「じゃあさっそく、やっちゃおっか」
「え?」
☆
ニホニウム、地下十四階。
俺は二つの階段の前に立っていた。
俺だけじゃなく、仲間達も来ていた。
エミリー、セレスト、イヴ、アリス、そしてさくら。
さくらが招集をかけた結果、あっという間にファミリーの冒険者組が集結した。
「みんな……」
「みんなでダンジョンは久しぶりなのです」
「だねー、いつぶりなんだろ?」
「全員集合はここ最近の記憶にはないわね」
仲間達の中でも、特にエミリー、アリス、セレストの三人のテンションが高かった。
対照的なのがイヴで、彼女はいつもと同じ、まったく変わらないローテンションだった。
「よく来てくれたな」
「ん」
「えっと……さくらがニンジンをエサ――約束した?」
イヴは首を静かにふった。
「そうなのか」
「たまにはいい」
「そうか」
「よし、って事ではいっちゃおっか」
さくらが音頭を取ってくれた。
「おじさん、もうちょっと具体的にモンスターの能力を」
「ああ、えっと……モンスターの名前は鬼。人間と同じ手足があるけど、サイズは一回りでっかい」
「オーガみたいなものなのです?」
「そうそう、オーガみたいなものだ」
エミリーに頷いて返す。
するとセレストが。
「ということは、あまり特殊能力は無くて、シンプルに強くて速いタイプのモンスターなのかしら」
「うん、その通り。純粋なパワーは……エミリーとかなり良い勝負になると思う」
「すごいじゃんそれ! がっつりぶつかったらやばそう。りょーちんだしちゃう?」
アリスは言葉とは裏腹に、ワクワクしながらそう言った。
「いや、りょーちんは取っておこう。切り札なんだから、この先何があるのか分からないから」
「そっか、それもそうだね」
「で、二手に分かれて降りるけど、両方を同じタイミングで倒さないといけない。問題はどうやってタイミングを合わせるかなんだけど……」
「声は聞こえないです?」
「たぶん。アリスならわかると思うけど、降りたらもう片方の事はなにもわからない」
「ふむふむ、サルファと同じかな」
「そうだな」
俺は頷いた。
入るたびに個別に違う場所に飛ばされるサルファ。
あれと似てるといえば似てるのかもしれない。
「どうしたら良いかな」
「……こうするのはどう?」
少し考えたセレストが提案した。
「30秒を一つのタイミングで、トドメを刺すのは30秒か、60秒か、90秒かにするの」
「30秒で倒せそうじゃなかったら60秒になるまで待機するのです?」
「そういうことね」
仲間達が頷き会って、俺を見る。
「うん、じゃあとりあえずそれで行ってみようか。ダメだったら撤退して作戦練り直しで」
「オッケー」
「分かったです」
「頑張るわ」
みんながそれぞれ、自分の言葉で意気込みを示してくれた。
「……ありがとう」
ちょっと恥ずかしかったから、お礼を言う声がちょっと小さかった。
それでもみんなに届いた。
みんなはちょっと戸惑ったが。
「いた! な、何をするんだイヴ」
イヴが、無言でチョップをしてきた。
普段よりもちょっとだけいたいおでこへのチョップ。
「低レベルのくせに生意気」
「そ、そうか」
「さっさとはいって、さっさと倒してかえる。それでいい」
「……そうだな」
俺は一旦目を閉じ、深呼吸して、気持ちを切り返る。
そして目を開き、みんなを見つめて。
「たのむよ、みんな」
みんなは、微笑みで応えてくれた。




