577.ブラック体質
「レイドボスってことだね」
「やっぱりそう思うか?」
屋敷の中、転送部屋の前。
帰ってきたさくらを捕まえて、ニホニウム十五階の話をしてみたところ、彼女は俺と同じ推測をした。
「そうだと思うよ。おじさんの見てきたもので判断すると、もう片方に同じモンスターがいそうじゃん?」
「うん」
「で、片方の角折った後にちょっとの待ちタイムがあったから、両方を同じタイミングで倒さないといけないんだろうね」
「そうなるよな」
俺は頷く。
俺が見てきた状況で、さくらはまったく同じ推測をした。
「待ちの時間がそこそこあったから、打ち合わせをきちっとしていけば、結構あわせやすいんじゃない?」
「そうだな」
鬼の角が折れてる時の光景を思い出す。
たしかに結構猶予があった。
「使徒をユニゾンで倒さないといけない様なシビアなタイミングじゃなくてよかったね」
「本当だよ」
俺は苦笑いした。
あんな超シビアなタイミングを、互いが見えない、連絡を取る手段のない別々の部屋でやれって言われたら途方に暮れてた所だった。
「はっ、これを口実にツイスターゲームとかできないじゃん!?」
「出来なくて良いから」
「おじさんはアレやったことあるの? あたしの世代だとそもそも知らない子がほとんどなんだよね」
「一応あるけど……つらいだけでなんも嬉しくないよ?」
苦い記憶を思い出す。
つらかった理由は男友達と、悪乗りの一環でそれをやったから。
男同士でやったから、本当の楽しさとか「嬉しさ」を知らない。それゆえにつらいだけ……なんだが。
それを話すとさくらがいろんな意味で食いつきそうだから言わないでおいた。
「でもさ、ここでもニホニウムのあれがでちゃってるよね」
「あれ?」
「あたしの推測だけど、この最後の十五階っておじさんの動きを見て作ったものなんじゃないのかな。おじさんがソロってばっかいるから、一人じゃどうしようもない構造を考えた結果ああなった」
「ふむ」
「ぶっちゃけ今でも、おじさん、一ヶ月は三十日計算でしょ?」
「? 一ヶ月は三十日だろ?」
「そういう所だよ」
さくらは手を伸ばして、俺にデコピンをした。
「三十日計算して、調査でもソロして。一人で全部やろうとしてて。バナジウムの賃料の時からほとんど変わってない」
「……」
「それをニホニウムが見抜いてるってわけ」
「そういうことなのかな。だって、座敷童の時も、アリスを頼ったぞ」
「どうしようもなくなってからでしょ、おじさんがあたし達に頼るのは」
「……」
「今回もそうじゃん」
なんというか、言い返せなかった。
「あたしずっと不思議なんだよね。おじさんはなんで『仲間』にこんなに女の人一杯そろえてるのに、誰とも一緒にダンジョンを回らないんだって」
「いろんなダンジョン回ってるけど、みんなパーティー組んでわいわいやってるんだよね。ネプチューンとかもさ、いつもあの二人侍らせてて楽しそうなんだよね」
「あれは楽しそうだ」
「レイア」
「――え?」
俺はビクッとなった。
「あたしあったことないから、話だけね。アヤナミ系美少女と合体して戦うなんて最高じゃん、エロエロじゃん。なのに、おじさんはあの子を精霊の所に送り出したっきりで、呼び戻そうともしない。呼び戻さないで、一人で戦ってる」
「……」
「ぶっちゃけ――なんで?」
さくらは俺をまっすぐと見つめてきた。
逃れようのない、まっすぐな視線。
それは、今まで俺が目をそらし続けてきたものを掘り起こす様な目だ。
「……ふぅ」
俺はため息をついた。
深呼吸して、言葉を選んで、口にする。
「さくらは、ブラックで有名なあの居酒屋チェーンの事をしってるか?」
「しらないけど」
「それはしらないのか」
そっちの知識はあまりないのかな、まあ学生だし。
「あのオーナーが有名でね、自分が出来る事をそのまま部下に要求したらブラックになったんだよ。俺は休まないで働ける、だから成功した。お前らも同じことをやれって」
「ふむ」
「俺は……あの人と一緒なんだよ」
俺はふっ、と自嘲の笑みを浮かべた。