576.鬼
朝のニホニウムダンジョン。
今日は、よほどの事が無い限り、ダンジョンには入らないでくれって仲間に頼んでおいた。
原因はひとえに奪衣婆の存在だ。
俺が脱がされるのも、仲間達が脱がされるのも、どっちも避けたい事態だ。
だから、この前のように、さくらが乱入して「あっ……」って事態にはならない。
それでも、出会うたんびに服を脱がされるのは、例え誰も来ないと分かっていても、やられるたびに精神ダメージを受けてしまう。
だから俺は脳内レーダーの効果をフルに発揮して、慎重に慎重を重ねて進んで、十三階をほぼ素通りして、地下十四階に降りてきた。
これで次からは、転送部屋を使って来れる。
奪衣婆を安定スルーすることが出来る。
その事でほっとしつつ、まわりの状況を確認した。
ダンジョンの見た目は、変わっていない。
グロさ全開の脈動する内臓ダンジョン。
このダンジョンの見た目にも、ずいぶんとなれてきた。
そしてモンスターを探すために、脳内レーダーの方に意識を向ける。
「え?」
思わず声が出た。
そのまま一瞬固まってしまった。
脳内レーダーで感じたものに驚き戸惑っていると、モンスターが現われた。
そのモンスターを一瞬で殺してしまった。
長い鼻で修験者の格好をした、メジャーな妖怪、天狗というヤツだ。
それを半ば反射的に瞬殺してしまった。
「あはは……」
レーダーで見えたものに驚き過ぎて、手加減とか様子見とか一切合切忘れて、肉薄からのゼロ距離ヘッドショットで瞬殺してしまった。
倒れた天狗はポンと音を立ててドロップする。
拾い上げてみると、小玉スイカくらいのサイズの、柑橘類特有のぶつぶつとした皮と匂いがする果物だった。
軽く剝いてみると、皮だけで一センチくらいあってものすごく分厚く、その皮の下からツーンとしたすっぱい匂いがしてきた。
「こっちはいつも通りのドロップだな」
変哲がないと言うことは、今すぐに確認する必要性もない。
俺はその果物をグランドイーターのポケットにしまって、再びレーダーに意識を集中させる。
正直もう、この階のモンスターにかかわってはいられない位の、重要そうなものが見えてしまった。
なんと、下の階に続くらしい階段が、二つ見えるのだ。
もしかしたら何かの間違いかもとも思って、俺はさっきの階と同じように、慎重に天狗をよけつつ、階段のあるところに向かう。
「やっぱり二つだ……」
たどりついたそこには、下に続く階段が二つ並んでいた。
今までこんなことはなかった。
階段がこんな風に、複数存在する事はなかった。
「……なにもないってことはないよな」
次は地下十五階。
これまでの様々なギミック、特殊な攻略法を必要とされる様々な妖怪たちの事を思えば、二つの階段というはっきりとした異変が、なにもないですむ事はまああり得ないだろう。
とはいえ、進まないわけにはいかない。
セルから攻略調査の依頼を受けてるし、何より次の十五階を攻略すれば、いよいよニホニウムにあえるかもしれないのだ。
「……よし」
俺は気を引き締めて、まずは左の階段を降りた。
階段を降りた先も内臓ダンジョンだった――が、そこは開けた広い空間だった。
高さも、広さも。
学校の体育館くらいある広々とした空間だった。
そこにいたのは、モンスターが一体。
「鬼、か」
人間の三倍はある体躯、腰布一枚に、頭には二本の角、口から見える鋭い牙。
ニホニウムじゃなかったら「オーガ」だと思っただろうが、このニホニウムにおいては、それは多分「鬼」で間違いないだろう。
鬼は咆哮した、それが開戦の合図になった。
鬼のパワーもスピードも、今までの妖怪達とは段違いだった。
でかくて速くて強い。
純粋に、力の象徴みたいな相手で、強さはおそらく、ダンジョンマスター級に迫っていると、初手のパンチをガードごと吹っ飛ばされた俺はそう思った。
俺は空中で体勢を立て直して、二丁拳銃を抜いて、通常弾を連射。
大量の銃弾をバラ撒く小手調べ。
鬼はそれを拳の乱舞で全部撃ち落とした。
「小細工無しか」
それはそれで助かるかもしれない。
再び肉薄してくる鬼に、俺は拳銃をしまって、地を蹴って同じように突進していく。
猛スピードで突進をする俺と鬼、互いに示し合わせたかのように、パンチを放って、打ち合った。
ドゴーン!!!!
パンチで打ち合った衝撃波が、階層全体を揺るがせた。
俺は空中でバック宙をして、勢いを逃しつつ後退。
着地すると、腕にしびれが遅れてやってきた。
一方、鬼の右腕はぐにゃり、と変形して垂れ下がっていた。
打ち合いはこっちが勝った。
こっちは右手にしびれが残っているが――動く。
二回目はこっちから飛びかかった。
突進して、鬼が反応したところでカクッと曲がる、右側に潜り込む。
鬼は反応するが、ぐにゃっとした腕が思うように動かず、反応が一呼吸遅れる。
そこに全力のパンチを叩き込む。
横向きに「く」の字に体が折れ曲がって、ものすごい勢いで吹っ飛んでいく。
逃さず追撃。
今度は小手調べではなく、殺る気の成長弾を連射。
体勢を立て直すこともガードする事も出来なくて、鬼は成長弾を全部体で受けた。
そのままどさっと地面に倒れる。
起き上がろうとして、片膝をつく。
そしてパキーン、と、二本ある角の内、一本がはじけ飛ぶ勢いで折れた。
「……ん? またか」
倒されて、ドロップになる気配はないと見るやいなや、俺は更にトドメを差すべく成長弾を連射。
「!!!」
成長弾を手に入れてから、もっとも驚いた瞬間だった。
片膝をついてうなだれる鬼は、成長弾を全弾くらったが、びくともしなかった。
その光景は、これまで様々なモンスターとやり合ってきた俺の経験上、ダメージを受けていないのは確実だった。
どういう事だ? と思っていると、事態は更に変化した。
折れた鬼の角が、また生えてきたのだ。
そして鬼は立ち上がって、今までのダメージはまるでなかったかのように突進してくる。
驚きで反応が遅れた俺は、最初の時と同じようにガードして吹っ飛ばされる。
威力も、あの時と同じだった。
「……同時攻略か!?」
二本の角、二つの階段。
一本だけ折れた後はダメージを受け付けなくて、時間経過で復活。
この状況を、俺は知識として知っていた。




