575.餅つき
「はいですっ」
「はい!」
「はいですっ」
「はい!」
「はいですっ」
「はい!」
サロンの少し脇に開けたスペースで、俺とエミリーが餅つきをしていた。
エミリーがダンジョン時さながらの杵捌きでぺったんぺったんと餅をつき、俺がそのタイミングに合わせて臼に手をいれてこねていた。
ファミリーの仲間達は、何が出来るのかとまわりに集まって見つめている。
ちなみにジェネシスで杵と臼を作ったさくらだけが、何が出来るのかが分かっていて、ついでにだしたこたつの中で高みの見物モードだ。
「オッケー」
「はいです」
俺の合図でエミリーがつくのをやめた。
俺は餅を持ち上げ、指で突っついた。
うん、パワフルなエミリーのおかげで、つきたての餅は素晴らしくもちもちして。
「どうですか?」
「バッチリだよエミリー。頼んでおいたものはあるかな」
「はいです!」
エミリーは杵を担いだままパタパタと走って行って、しばらくしてまたパタパタと戻ってきた。
「お待たせなのです」
エミリーが持ってきたのは、小さなボウルに入った、きなことあんこと、それに大根おろしだ。
「うん、バッチリ。さあみんな、これをつけて食べてみて」
「いただくわ……それにしても……どういう魔法なのかしら、これ」
餅を一切れ受け取ったセレストは、食べずにそれをマジマジと見つめた。
「さっきまでお米だったのに、まったく違うものに変わってるわ」
「もちってこういうものだからね。それよりも食べてみてよ、熱いうちがおすすめだよ」
「あっ、そうね。頂きます――おいしいわ!」
まずはきなこをつけたセレスト、口に入れて一口咀嚼した途端、口を押さえて目を輝かせ出した。
「どれどれ……本当だ」
「こんなに美味しいものがこの世にあったなんて」
「さすがリョータさんね。こんな作り方まで知っているなんて」
アリス、エルザ、イーナが次々とつきたての餅を頬張って、好意的な感想を口にしてくれた。
「イヴちゃんもどうぞなのです」
「うさぎはそういうの興味ない」
「イヴちゃん用のニンジンおろしがあるですよ」
「なら食べる」
「どうぞなのです――ああっ! おろし一気のみはダメなのです!」
慌ててイヴを止めるエミリー。
うちのウサギは相変わらずブレなかった。
つきたてのお餅は、人間組だけじゃなくて、アウルムやバナジウムなどの精霊組にも好評だった。
「カーボンも食べて見て」
「大丈夫! ここから見てれば満足ですから」
彼女もまたいつも通り、一人省かれるという試練に酔っていた。
「実はこれ、若い人には美味しいだけだけど、お年寄りには試練なんだ」
「え?」
「そうだよな、さくら」
「だよー。毎年それでおびただしい死人がでてるんだ」
こたつのなかでぬくぬくしてるさくらは俺に話を合わせてくれた。
あわせてくれたのは良いけど、おびただしいってのは言い過ぎだろ。
……言い過ぎだよな。
「そ、そうなの?」
「うん。精霊って俺達より遙かに年上なんだろ? これも試練だと思って食べてみなよ」
「そ、そういうことなら」
こっちに近づいてきて、つきたてのお餅をうけとった。
「じゃあ……この黒いの」
あんこを選んだのは、色が危険そうに見えたからかな……なんて思いつつ、彼女が餅を口にするのを見守った。
「………………」
「どう?」
「お」
「お?」
「おいしい……」
「だろ?」
どうやらカーボンの口にも合ったようだ。
彼女は目を輝かせて、次から次へとぱくつく。
「よーし、じゃあ次は焼いてみよう。さくら」
「はいはーい、七輪と網ね」
「エミリーは醤油を」
「はいです」
それぞれに用意させた。
炭に火をつけた七輪の上に餅を置いた。
それで「へえ」となった一同だが、形を整えた餅の真ん中に一点だけ、醤油をたらすのを見ると「えっ?」にかわった。
「それだけでいいのリョータさん?」
「うん、みてなよ」
俺がいうと、仲間達で全員餅に注目した。
程なくして、醤油をたらした真ん中の一点から「ぷくー」とお餅が上に向かって、風船の様に膨れ上がった。
「す、すごいです!」
「え? 真ん中だけなの?」
「醤油たらしたところだよね。なんでなんで?」
「ニンジンだとどうなる?」
膨らむもちに皆が大興奮した。
それは面白いだけじゃなくて、焼いたものも美味しいって分かると、更に興奮しだした。
俺とエミリーがついた餅はすぐになくなった。
すると今度は仲間達も餅つきをやりたいといいだした。
さくら発案の、お正月モードは大盛り上がりで、皆が楽しんでくれていた。
それを尻目に、俺はさくらと一緒にこたつにはいった。
この後、みんなにこたつの魔力の恐ろしさを教えてやるつもりだ。
「上手くいってよかったよ」
「だねー……あっ」
「どうした」
何かに気づいたらしきさくらの方を向く。
「みんなすっごく楽しそうにやってるじゃん」
「ああ」
「これさ、ニホニウムでやったら、天岩戸みたいにニホニウムもでてきたんじゃないの?」
「いやいや、さすがにそんな」
そんなのででてきたら苦労はしないよ。
「ニホニウムと会う一番手軽なチャンスを逃したことを、この時の彼らはまだ知らなかった」
「ナレーション風にいうのはやめて」
笑いながら突っ込む。
「まっ、そうだよね」
さくらもただの冗談だったからか、てへっと舌をだして、ここでその話は終わった。
その後、餅つきを中心に、様々なレシピをエミリーに伝えて、お雑煮やら何やらを作ってもらって、仲間達が更に持ち上がった。
その持ち上がり、楽しそうにしてるのをみて、来年はニホニウムも一緒だったらな、と俺は思ったのだった。
☆
餅をついて、お正月気分で持ち上がったリョータファミリー。
ニホニウムと会う一番手軽なチャンスを逃したことを、この時の彼らはまだ知らなかった。




