572.さくらの信頼
俺は急いで服を着直した。
奪衣婆から奪い返した自分の服を着ていく。
これで今日何度目だ――
「おじさん手慣れてるね」
「ぐはっ!」
それをさくらに指摘されて、またまた精神的なダメージを受けてしまった。
「しょ、しょうがないだろ? あうたんびに脱がされるんだから」
「モンスターに?」
「モンスターに」
「自分から脱いだんじゃなくて? 『俺の裸を見れー』とかそういうの」
「俺のキャラをどうしたいの!?」
俺は盛大に突っ込んだ。
最後の「の」が上ずってしまうくらい、思いっきり突っ込んだ。
「あはは、ごめんごめん。モンスターの仕業か、やっかいだね。それって脱がすだけ?」
「いや、脱がして、木に掛けた」
俺は今日、これまでに遭遇した奪衣婆の状況をさくらに説明した。
服を脱がされて、木に掛けられて。
それでかけた木が徐々に重みに耐えきれなくて、終いには折れてしまう。
それを一通りさくらに話した。
全部話したのは、彼女も「ゲーム」を知っているからだ。
俺と同じ「モンスターからのドロップ」で異世界転移してきた日本人、星野さくら。
奪衣婆の事を含めて、彼女の意見を聞きたくて、情報を全部共有した。
「今までのドロップ次第でなにか変わるかあ……あっ、もしかして」
「なに? なにかわかったのか?」
「ドロップ率――っていうかドロップのステータス低下なんじゃないの?」
「!?」
俺はハッとして、グランドイーターのポケットから、もはや常備するようになったポータブルナウボードを取り出した。
それをつかって、能力をチェックする。
―――2/2―――
植物 S(-5)
動物 S
鉱物 S
魔法 S
特質 S
―――――――――
「本当だ、下がってる」
「やっぱりね。マイナス5は……B、C、D、E、F」
さくらは指折りながら数えた。
「Aだとしても、一番下のFまでおちるのがマイナス5だからかな」
「そうかもしれない」
「で、おじさんのSにはきかないと」
「みたいだな」
ここでも、ドロップSの特殊性、絶対性が出た。
戦闘能力のS(SS)は、意外と影響を受ける。
あがったり下がったりすることがある。
一方で、俺の大本である、この世界で成り上がった源であるドロップSはそういう変動に影響されない。
「エリスロニウムの時と同じだ」
「エリスロニウム?」
「バナジウムの前の名前だ」
「ああ」
「あの時も戦闘能力は下がったけど、ドロップはこれと同じ、マイナスはついたけど下がらなかった」
「おじさんのドロップは特殊だね」
「そうみたいだ。ふふ」
俺はちょっと嬉しくなった、さくらが小首を傾げた。
「どうしたの?」
「うれしくてさ。バナジウムの時は全部がさがったんだよ。あの時のバナジウム――エリスロニウムは恐怖と憎しみから、人間を遠ざけるためにそうしてた」
「ふむふむ」
「ニホニウムのこれは、ピンポイントに嫌がらせに来てる。彼女が望んでる、人を苦しませたい。それが見えて、ちょっとうれしくなったんだ」
「おじさんはやっぱそういうのが好きだね」
俺はちょっと苦笑いした。
さくらに指摘されたばかりの事だ。
恋愛ではなく、仲間でもなく。
報われない者が、好きなように報われるのが見たい。
そうだ、俺はそういうのが好きだ。
「でも、これだと周回難しいね。ドロップする度にドロップ力が下がってたらさ」
「それはパーティーで解決出来るだろ。戦闘の方はさがらないから、ドロップが下がっても戦い続けられる」
「パーティーで?」
「ああ」
「おじさん正気?」
「へ?」
「脱がされるんだよ?」
「あっ……」
俺はハッとした。
そうだ脱がされるんだ。
そんな特殊性のあるダンジョンに、パーティーで来るのはいろいろまずい。
ソロ強制じゃないが、ソロを強く推奨せざるをえないダンジョンだ。
「そっか……やっかいだな、この階」
「まっ、そういうのがいいって人もいるだろうけど。『俺の裸を見れー』とか、『ふっじこちゃーん』とか」
「あれは違う!」
――のかな。
一応自分から脱いでるし、うーむ。
「あれ?」
「どしたのおじさん」
「そういえば、普通にしてるな、さくら」
「普通に?」
「だって脱がされるんだぞここ。その割には普通にしてるなって」
「なーんだ」
そんなことか、って顔をするさくら。
「おじさんの事信じてるからね」
「え?」
「モンスターが来そうになったらわかるんでしょ? おじさんが騒いでないから、来ないってことだもん」
「さくら……」
彼女の信頼が心地よかった――
「それにおじさん読者サービスしないし。あたしだったら上手く誘導してR指定つけてるところだよ」
――のも一瞬だけ。
色々と、台無しだった。