570.一番ヤバイダンジョン
ニホニウム、地下十三階。
「むっ」
降りてきた俺は、まずはビジュアルに戸惑った。
肉の壁が脈動する内臓の様なダンジョンは変わらない、そこに赤色をした小川が流れていた。
微かに鼻につく生臭い匂いは、覚えこそあるがこれほど大規模なのは経験したことのない物。
血の、川だった。
「いつかくるとは思ってたけど、やっぱりぎょっとするな」
そうつぶやき、気をとり直して、モンスターの場所に向かった。
脳内ミニマップにそって光点に向かって行くと、結構大柄な老婆の姿があった。
老婆はぼろぼろで薄い一枚の着物を羽織っていて、前が大きく開いて胸元が見えている。
顔全体に刻まれた深い皺と、血走った白目は離れていても分かるほどのもので、ロケーションと相まっておどろおどろしさがより強調されていた。
「まあ、その分モンスターらしいからいいけど」
座敷童みたいなのが一番困る――と思いながら、俺は弾を込めて銃口を老婆に向けた。
次の瞬間、ぶるっ、と震えてしまった。
全身を襲う寒気、思わず手を腕に回して自分を抱きしめるような仕草をすると――驚愕した。
「裸!?」
なんと、いつの間にか全裸になっていた。
下着に至るまで全て剥ぎ取られて、銃もいつの間にか手元からなくなっている。
そして俺の服は、老婆の姿をしたモンスターが持っていた。
「奪衣婆!」
思わず叫んだ、記憶からその名前が飛び出てきた。
名前の通り、人が来ている服を奪う老婆の姿をした妖怪だ。
奪う理由は……なんだったかな。
三途の川とか、生前の罪の重さとか。
その辺と関係している様な気がする。
奪衣婆は俺から奪った服を、いつの間にか横に出現していた木に掛けた。
街路樹くらいの、細くもなく太くもないそこそこの木だ。
それに掛けられた俺の服は、幹を少ししならせた。
それをじっと見つめた奪衣婆は、どういう意味なのか分からないが、小さく頷いた。
「何かをはかったのか」
この手の妖怪とか、神話とかによくあるタイプの話を思い出した。
ギリシャ神話の中には、あの世で心臓を取り出して天秤にかける最後の審判もあったっけな。
すこし待ったが、服が返ってくる気配はなかった。
ならば戦って取り戻すしかない。
俺は拳を軽く握って、地面をグイ、っと踏み込んで突進した。
「ひぃ!」
思わず止まった。
全裸のせいで、下半身の大事なところがぶらぶらして、速度SSで突進しただけで痛かった。
「アダムはよく動けたな」
自分でも的外れな感想で現実逃避しながら、再び地面を踏みしめて突進する。
奪衣婆がそれに反応して手を振り上げてきた。
俺は直前で地面を再びぐっと踏み込んで、方向転換ついでに更に加速して、一瞬で奪衣婆の背後に回った。
奪衣婆のがら空きの背中に、力SSの一撃をたたき込む。
素手の一撃だが、奪衣婆はトラックに跳ねられたほどの勢いで吹っ飛び、脈動する肉壁に突っ込んだ。
俺は木に掛けられた自分の服を取り戻して、急いでそれをきた。
急ぎすぎてパンツがちょっとずれて、ポジションが変になって不快感マシマシだが、しょうがなかった。
銃を再び手にして、構えて奪衣婆にむける。
「あっ」
そこにはもう、奪衣婆はいなかった。
突っ込まれた肉壁がちょっとへこんでいて、そのすぐ前の地面にブドウがおちていた。
俺が服を着ている間に消えて、ドロップしたもんだろう。
「しかし……」
俺は苦笑いした。
「毎回……脱がされるのか? これ……」
今までで、一番ヤバイダンジョン、ヤバイ階層だと思った。




