563.精霊の望み
「……」
朝、布団の中で目が醒めた。
気づいたら俺は「カメ」になっていた。
うつ伏せで丸まって、その上に布団をすっぽりと被せるという、誰が見てもカメって感じの格好だった。
「ふう……」
このまま引きこもってしまいたいけど、そうも行かない。
やることはいっぱいあるのだ。
俺は起き出して、着替えようと思った――その瞬間。
「あれ? みんな……この場所はさくらの部屋か?」
昨夜のキスで分かるようになったみんなの居場所。
全員が何故か一カ所に集まっているのだ。
こんな朝から全員がさくらの部屋に?
「……よし、スルーしよう」
都合が良いともいう、触らぬ神に祟りなしともいう。
それには触れないようにしよう。
そう思った俺はさっと着替えて、自分の部屋を出て転送部屋に向かった。
転送ゲートを使って、毎朝の日課、プルンブムの所にとぶ。
「うむ? 今日はいやにはやいのじゃ。なにかあったのかえ?」
プルンブムは俺を見て小首を傾げた。
毎朝、朝ご飯を食べ終えた頃に来るし、エミリーの朝ご飯はすごく正確に決まった時間にできあがるから、ここにくる時間もある程度決まっている。
朝ご飯を食べないで来ると、確かに普段よりもはっきりと早い。
「うん、ちょっとな」
「どうしたのじゃ?」
「むっ」
「妾に聞かせるのじゃ。そなたの身に何か起きたのじゃろ? それが知りたいのじゃ」
「むむむ……」
何がむむむだ――というさくらのツッコミの幻聴が聞こえながら、俺は重い口を開けた。
「実は、仲間達にキスをされた」
「ほう」
興味津々って顔のプルンブムに、事情を一から説明した。
会社にいた頃のデスマーチで学んだことが一つ。
伝えるべき事を伝えないでいると、状況がドンドン悪化してその果てがデスマーチだって言うことを。
だから俺は、言いにくくても全部言うことにした。
「ふふふ、それは災難じゃったのう」
「災難……うーん」
さすがに頷くのをはばかられてしまう。
ここでそうだってうなずいてしまうのはみんなに失礼な気がする。
「キスをしたのは冒険者組だけなのじゃな? 精霊も何人かいるはずじゃろ?」
「ああ、アウルムと、バナジウムと、カーボンがいる。三人ともしてないし、そんなそぶりも見せなかった」
昨夜、あの後彼女達にも会った。
さくらが事情を説明すると、アウルムは「へー」ってなり、バナジウムはニコッと笑った。
唯一カーボンだけがしたがっているような感じだけど、その「したい」を我慢する試練モードにはいって、恍惚と笑みを浮かべていた。
「プルンブムもしたくはならないのか?」
「まったくじゃな」
「そうか……もし明日から来なくなるって言ったら?」
アウルム達からの話の流れで、ついそんな事を言ってみた。
「……いやじゃ」
反応は、予想よりも遙かに強かった。
プルンブムはボロボロと涙をこぼして、小さな子供の様に駄々をこねだした。
「いやじゃいやじゃいやじゃ、そんなのは絶対にいやなのじゃ」
「わかったわかった、なくな。もしもの話だろ? しないから」
「本当なのかえ?」
「ああ、明日も、明後日も、そのあとも、ちゃんとくるから」
「なら、よいのじゃ」
プルンブムは「スン」と鼻をならして、今度は一瞬で泣き止んだ。
感情の起伏がすごく激しいが、彼女達らしくて悪い気はしない。
「精霊って、本当に自分が欲しい物だけを求めてるんだな」
「……そなたもそうじゃな」
「え?」
俺も……って?
「そなたの話を、今までたくさん聞いて来たのじゃ。そなた自身の話も、他の人間、世間の話も」
「……うん」
「そなたは、男女の情愛を求めてはおらぬのじゃろ?」
「……あっ」
指摘されて、俺は妙に納得してしまった。
「うん、そうかもしれない」
俺は深く頷いた。
最愛の一人よりも。
俺はファミリー……みんなで強く繋がっている仲間が欲しい。
「だから、そなたはこの世界によばれたのじゃろうな」
「……ふむ」
プルンブムの言葉に、なんだか納得させられてしまった。




