560.してもいいのら?
シクロの街中、酔い潰れたエルザを背負って、イーナと一緒に帰路についていた。
「よーらさん……えへへ……」
寝言をつぶやくエルザを軽々と背負いながら、夜の街並みを眺める。
「なんか」
「え?」
「また一段と、夜が賑やかになったか?」
「そうね、ここ最近ますます夜の店が増えたって聞いたわね。それだけじゃない、この一ヶ月の間で夜の店に使われてる額も増えているみたいよ」
「やっぱりか。みんな稼げてるんだな」
この世界の経済は、ダンジョンと冒険者に大きく依存している。
農業都市シクロの稼ぎは安定していて、設備の充実で他よりも稼げているから、冒険者が潤う。
そして冒険者という人種は、懐に金があれば吐き出さずにはいられない人種でもあるようだ。
まるで江戸っ子のような、宵越しの銭は持たねえ! 的な感覚だが、異世界であろうと人間ってそういうものなんだなあ、とちょっと面白くなった。
「それだけじゃないのよね」
「え? 他にもなにかあるのか?」
「そらがおちるのら」
妙にかみ合うようでかみ合ってないエルザの寝言をスルーしつつ、イーナの方を向く。
彼女はいつもの小悪魔っぽい、それでいてどこか自慢げな笑みを浮かべながら答えた。
「リョータさんがニホニウムの調査を始めたからよ」
「俺がニホニウムの調査を始めたから?」
「そう。リョータさんなら何かしてくれるっていう信頼感と、安心感。特に安心のほうね。明日も稼げる、多分もっと稼げる、っていう安心感があるから、みんなジャブジャブお金を使えるのよ」
「安心感」
「リョータさんがいるからよ」
イーナはフフ、って笑って。
「仮にリョータさんがいなくなったら、その安心感が消えて、みんなお金を使うのを控えて、景気が悪くなるでしょうね」
「それは言い過ぎなんじゃないか」
「そんなことないのら!」
「うわっ!」
今度は盛大にびっくりした。
本当は起きてるんじゃないか? って疑う位、バッチリのタイミングでエルザがいってきた。
首だけ振り向くと、やっぱり寝ている――酔い潰れたままなのが分かる。
なんてタイミングだ。
「エルザの言うとおりね。そんな事ないわ」
「え?」
「リョータさんがいなくなったら、間違いなく景気は悪くなる。協会長もそう言ってるわ」
「セルのはファン心理もはいってるから」
「ネプチューンさんもそう言ってる」
「彼も妙に俺のこと買ってるから」
「店でのアンケートにもそういう結果がでてるわ」
「そんな事までしてたのか!」
苦笑い続きのなか、衝撃の新事実に思わず盛大に突っ込んだ。
「してもいいのらぁ?」
相変わらずのうわごとのエルザをスルーしつつ、イーナの方をむく。
「なんでまたそんな事を?」
「ちゃんと調査して、方向性を決めたり修正したりするのは商売の基本よ?」
「そりゃそうなんだが」
「今度いくつかの店と手を結んで、ポイントカードを使って、冒険者の金の使い方と傾向をしらべるつもりよ。1%還元で金の使い方から趣味、下着の色まで丸裸よ」
「やり手すぎる!! そんな事も考えてたのか?」
「リョータファミリーとして、安穏としてるだけじゃいけないからね」
「はあ……すごいな」
「ちなみにこれ、エルザのアイデア」
「そっか」
背中の重みを感じながら、ちょっと誇らしい気分になった。
仲間がすごいと、それを自慢して回りたいという気分にさせられる。
「だから、いなくならないでね」
「え? ああ、わかってる。ちゃんといるさ」
自分がいなくなると景気がわるくなる、なんて事をいわれたらいなくなりづらい。
この世界、この街、この仲間達。
それらをみんな気に入ってるから、いなくなる理由もないけど。
そうしている内に、屋敷に戻ってきた。
新しい屋敷――バナジウムダンジョンの敷居をくぐって、玄関につく。
「エルザ? 一人でたてるか?」
「ふえ……やしきぃ?」
「ああ、屋敷だ」
俺の上できょろきょろするエルザ。
試しに下ろしてみると、彼女はちゃんと自分の足で立った。
「あぁー、よーらさんがここにもいる」
「ここにもって、まだよってるな」
俺は苦笑いした――直後。
「してもいいのら?」
「え?」
「んー、ちゅっ!」
エルザはさっきと同じ台詞を吐きながら、俺にキスをしてきた。
「わお」
それを楽しそうに見ているイーナ。
「えへへ……、れーんぶのよーらさんに、ちゃんとしらのらー」
「まったく」
俺は更に苦笑した。
酔うとキス魔になるエルザ。
そこはまったく変わっていなかった――が。
「え?」
「どうしたの? レモンじゃなくてゲロの味でもした?」
「なんて事言うんだ親友だろ!?」
俺はイーナに盛大に突っ込んでから。
「そうじゃなくて……エルザが……エルザを感じる」
脳内のミニレーダーには、エルザの姿がはっきりと出ていて、俺と重なっていた。




