559.よっぱらい
夜の酒場、ビラディエーチ。
なじみの店のなじみの席、エルザとイーナとの三人で飲んでいた。
「んぐ……んぐ…………ぷはー!」
「そんなペースでのんで大丈夫なのか」
「らいじょうぶれす! これくらい序の口れすよ」
「もうろれつが……」
「大丈夫よ、私がちゃんとついてるから」
仰ぐように飲むエルザの横で、イーナが常識的なペースで飲んでいる。
普段はイーナの方が比較的奔放なイメージがあるから、これはちょっと驚きだ。
「よーらさーん、のんれまふかー」
「ああ、うん。飲んでるよ。ほら」
「のこっれるじゃないれすか、もっとぐいっといってくらはい」
「ああ、うん」
俺は小さく頷き、ジョッキに口をつけて飲む振りをしながらイーナを向いて。
「こんな飲みかたするタイプだっけ、エルザ」
「色々あるのよ」
「ストレスか。まあ、店一つ、いや支店とかも切り盛りしてるんだから、ストレスもたまるよな」
「……」
納得した直後、イーナに白い目で見られている事に気づいた。
「な、なんだ?」
「ううん、私もぐいっと行こうって思って」
「えええええ!? な、なんで?」
「自分の胸に手をあてて考えて下さい。こっち、大を二つ追加ね」
イーナは通り掛かった店員を呼び止めて、豪快に注文した。
エルザに続いて、彼女にまでそんな飲み方をされたらかなわない。
俺は必死に頭をひねって、話題を変えようとした。
「そ、そういえば。二人と出会ってそろそろ三年くらいたつよな」
「あー、そういえばそうね」
「あのろきの……よーらさん、は……」
ろれつの回らない感じで途中まで言って、ふらふらとしてから、ゴン、って感じでテーブルに突っ伏したエルザ。
「エルザ? ちょっと大丈夫かエルザ」
「ふえ? ろーして、よーらさんがここに?」
「いやいや、どうしても何も」
俺はイーナに視線を向けて、救いを求めた。
しかしイーナはその視線に反応しないばかりか、新しく届いたビールに口をつけた。
「よーら……さんっ」
エルザが抱きついてきた。
テーブル越しに、からのジョッキをなぎ倒しつつ、俺に抱きついてきた。
ジョッキを倒した時の物音で店中の注目を一瞬集めたが、そこは酒場。
酔っぱらいが酔っぱらいをしてるだけだから、それ以上の注目を集めることはなかった。
「うふふふふー」
「ちょ、ちょっと離れてエルザ」
「らーめれふ! うふふふふふー」
完全に酔っぱらいモードのエルザ。
俺に抱きついて、スリスリしてくる。
そして――
「よーらさん……ちゅっ!」
と、キスをしてきた。
「ちょ、ちょっとエルザ!?」
「ちゅっ、ちゅっちゅ。うふふふふふ」
「いやいやうふふじゃなくて、イーナ、彼女を止めて頼む」
「止める?」
イーナがジョッキを置いて、俺達を見つめた。
「そうね、公衆の面前だしね」
「だろ、だから――」
「だが断る」
「えー!?」
なんで? さくらになんか吹き込まれたの?
「酔っぱらいのキス魔なんて、介入したらこっちの方が危ないから」
「うっ、そ、それはそうだけど」
「諦めてされちゃいなさいな」
「そーだそーだ、据え膳食わないのは男の恥だぞ」
「兄ちゃんもついてるものついてんだろ?」
「がっといけがっと」
周りからも、実に酒場らしいヤジが飛んできた。
俺は困り果てた。
ダンジョンで起きたことならいくらでも対処のしようはあるのだけど、こういう時どうしたらいいのかまったく分からない。
経験も、知識も、絶望的に不足してる。
「よーらさん……」
「え? ど、どうしたんだ、いきなりしおらしくなって」
もしかして酔いが覚めた?
「わたひのころ、きらいれふか?」
エルザは今にも泣き出しそうな顔で聞いてきた。
上目遣いで、うるうるしながら聞いてくる。
その顔をみてると、ちょっと罪悪感が湧いてくる。
……。
「そんな事はないぞ。エルザは大事な仲間、いや家族だ。きらいだなんて事はない」
「じゃあ……すき?」
「ああ、好きだ」
「すき……えへへ……」
俺に好きって言われて、エルザは嬉しそうに、更に頬ずりしてきた。
俺はあきらめて、好きなようにさせた。
前にもこんな事はあった、そしてエルザは酔いが覚めた後その事を覚えてない。
そういうことなら、ジタバタしないで、させてやればいいだけのことだ。
「まーた見当違いな覚悟を決めてるって顔だね。あーあ、わざとつぶれるように飲んだのに、むくわれないね」
横で、イーナが何故か、さっきよりも盛大に呆れていたのだった。




