551.雪女
新・ニホニウム、地下八階。
「うおっ寒っ!」
降りてくるなり、俺は両手で自分を抱きかかえる仕草で、縮こまってしまうハメになった。
初めてかもしれない、階をおりたらこんなに気温が変わったのは。
ものすごく寒くなって、息が真っ白だ。
いきなり真冬の寒さくらいになった。
「地形効果か? それとも……」
俺はぎゅっと縮こまって、手のひらをこすり合わせながら、ダンジョンを進む。
防寒の準備無しに、この階にはあまり長居したくない。
一回でもいいからモンスターとエンカウントして、情報を持ち帰ろうと思った。
そうしてぐるぐる歩く。
普段と違って、すぐに撤退出来るように、当てもなく歩くんじゃなく、階段の周りをぐるぐる回っていた。
そのせいなのかなかなかモンスターと出会えなかった。
「うぅ……もうちょっと遠出した方がいいのかな。でもそうなると戻るのが大変だし……いや、急がば回れともいうし、いやでも……」
寒さがどんなモンスターよりも手ごわい敵になってしまったこの状況。
俺は階段の周りでぐるぐる回って、決断を出来ずにいた。
「あれ?」
ふと、階段の所に人影を見つけた。
さっきまでにはなかった人影。
「いつの間に現われたんだ……? って、ニホニウム?」
そこにいたのはニホニウムだった。
彼女はいつもの着物じゃなくて、白一色の着物をまとっている。
「どうしたんだその格好。それよりもなんでここに?」
俺はそう言いながら近づいていく。
寒さのせいで頭が回っていなかったのかもしれない。
だから、きづくのが遅かった。
ニホニウム――ダンジョンの精霊はたしかにダンジョンの主だが、この世界の「理」の元では、自分のダンジョンの中を自由に歩くことも出来ない存在だ。
それがここにいる――という事にわずかな違和感を覚えた頃には――もう手遅れだった。
ニホニウムの外見をした女は、ピースサインを自分に向けて口元に添えて、ふうぅ、と何かを吹き出す仕草をした。
吹きだした白い息はたちまち吹雪のように変化して、俺に襲いかかった。
とっさに横っ飛びしたが、気づくのが遅れた分完全によけきれなかった。
「くっ!」
俺の左半身が凍ってしまった!
とっさに無炎弾を離れたところに打ち出した。
それをうった場所に自分から突っ込んでいって、見えない炎で凍った体を溶かす。
体がじりじり焼ける。それなりのダメージを負ってしまう。
だけどそのおかげで凍った箇所が溶けた。
自由を取り戻した体で回避する。
そして、改めて見る。
ニホニウムと同じ見た目をしたそれは、白い着物を着ていて、髪がふわりと無風なのになびいて、氷の粒子――ダイヤモンドダストがこぼれ落ちる。
「……雪女っ!」
一瞬で理解した。
新・ニホニウム、妖怪縛りの新しいダンジョン。
そこに現われた氷を操る、白い着物の女。
雪女という妖怪の特徴そのものだった。
俺は銃口を向けた。
びくっ、と止ってしまった。
妖怪・雪女とは言え、見た目はニホニウムそっくりだ。
このままトリガーを引くのはちょっとだけ気が引ける。
「……」
だが、俺は引き金を引いた。
無炎弾がとんでいって、雪女に当たって、相手を燃やした。
「燃える」と「溶ける」の間くらいの感じで、雪女が消滅していく。
「うーん、みてて気持ちのいいものじゃないな」
俺は苦笑いした。
座敷童ほどじゃないけど、攻撃にためらう相手だ。
差は、攻撃をされたからだけ、って言ってもいいくらいだ。
八階の雪女も、やっかいなモンスターだ――俺だけには。