539.カッパ
「とうとうかえって来なかったね」
夜、サロンが解散したあとの俺の部屋。
さくらは俺のベッドの上であぐらを組んですわっていた。
その姿が妙に可愛らしかった。
女の子があぐらを組んで座るのって、可愛いパターンと雑な感じがするパターンではっきりと分かれる。
さくらのは、手を交錯してる足についている、可愛らしい方だった。
「帰ってこなかった?」
「ニホニウム。ついにでサクヤも?」
「ああ」
この日、とうとう最後までニホニウムが戻ってくる事はなかった。
「なんとなくそんな気がしてたから」
「まっ、あたしも。帰ってこれるはずないもんねー、今」
さくらはにやにやした。
「その勘違いがかえって来づらい理由の一つだと思うんだけど」
「勘違いじゃないから帰りにくいんだよー」
さくらは笑顔のまま、速攻で俺の言葉を否定した。
「ほんと、小学生みたいなことしてるよね。好きな子に意地悪してるって言われたら、意地でもそうじゃないってわざと逆の事をするあたりがさ」
「そういう時って、意地でももっといじめるもんなんじゃないのか?」
「おじさんがそうだったの?」
「俺は――」
どうだったかな、と、腕を組んで首をひねる。
小学校の頃の話なんて、あんまり覚えていない。
クラスの女の子で、好きな子がいたはずなんだけど、名前をギリギリ覚えてるだけで、漢字がどう書くのか、どういう顔をしていたのか。
その辺の事はもうまったく思い出せないでいた。
「――そうでもなかった。普通に近づいてた」
「へえ?」
「小学校高学年の時の担任の先生がさ、結構ゲーム――テレビゲームじゃなくて、遊びっていう意味のゲーム好きでさ」
「ほうほう」
「例えば、漢字テストとかの小テストで、満点を取った子には、『一日席替え権』というのをあげてたんだ。俺はそれをつかって、ちょこちょこ好きな子の隣に席替えしてたなあ」
「何それ面白い! あれ? でもそれって、PTAとかうるさくなかった?」
「それは分からない。問題になった事はなかったから、多分大丈夫だと思うんだけど」
二十年近く前の記憶を掘り起こす。
卒業するまでその先生が担任で、ずっと同じことをしてたから、多分大丈夫だったんだろう。
「そうなんだ……ねえ。その好きな子は、おじさんが隣にきた時どうしたの?」
「どうした?」
「ほら、いつもやってるんだったらさ、向こうも気づいてるはずじゃん? おじさんが自分の事がすきなんだって」
「ああ……そういえばそうだよな。どうだったかなぁ……」
その事を思い出そうとするが、思い出せない。
そもそも相手の顔もまともに思い出せないでいるのだ。
彼女がどんな反応をしていたのかなんて、もうまったく覚えていない。
「えー、思い出せないの?」
「まあ、な」
俺は苦笑いする。
「……まあ、おじさんだししょうがないっか」
「俺だしって、どういう意味なの?」
「世紀の大ニブちんって意味」
さくらは呆れ半分、ニヤニヤ半分の表情をしていた。
☆
次の日、ニホニウム地下三階に降りてきた。
「カッパか」
降りてきてすぐにモンスターと遭遇した。
地下三階のモンスターは一目で分かる、間違えようのない、カッパだった。
身長は100センチもない、幼稚園児くらいだ。
銃を抜いて、狙い撃つ――外れてしまう。
「……う、うん」
外れた理由はすぐに分かった。
ちょっと、申し訳なかったからだ。
最初はいつものようにヘッドショットを狙ったが、頭が目に入った。
カッパの特徴でもある、頭の皿。
それが目に入って、狙おうとして――しかしそれがハのつく頭頂部の不自由な人たちの事を思い出して、悪い気がして、手が滑って狙いがはずれてしまった。
気を取り直して、二発目を撃つ。
今度はしっかりと眉間を、あえてその上を見ないで、しっかりと撃ち抜く。
眉間を撃ち抜いたのに、何故か吹っ飛びつつ頭の皿が割れたカッパ。
そのカッパが消えると、黄色がかった、星の形をした果物がドロップした。