538.エミリー'sキッチン
夕日が射しこむキッチンの中、俺とエミリー、それにバナジウムとさくらを加えた四人がいた。
エミリーとバナジウムが協力して何か料理しているのを見守る。
「できたです」
しばらくすると、透明のグラスに入った、オレンジ色のものが出された。
「これは?」
「ヨーダさんが持ち帰ったパッションフルーツを、フローズンにしてみました」
答えるエミリー、その横でバナジウムがコクコクと頷く。
「フローズン……って、なんだっけ」
「氷を砕いて、何かと混ぜてドロドロにしたものなのです」
「フラペチーノだね」
「ああ、そっちは聞いた事がある」
会社の若い女の子がしょっちゅうおしゃれなカフェでテイクアウトしてたっけ。
はじめて名前を聞いてから一年くらいはどんな飲み物なのか知らなかった。
だって、フラペチーノの頭に、複雑な名前がいっぱいくっついてたから。
俺のイメージでは、カキ氷のシロップの多い版だ。
ただしカキ氷だと結構分離してるし、氷の部分はジャリジャリしている。
それにくらべると、フローズンの方はしっとりとして、きめ細かな口当たりだ。
俺が食べ方を思いつかないから、持ち帰って渡したものを、エミリーは見事にアレンジした。
「これ、すっごく映えるね」
さくらはパッションフルーツのフローズンを見て、こっそりテンションが上がっていた。
「はえる?」
「うん! 綺麗なオレンジ色のが山盛りになってて、種をその上にぱらぱら振りかけてるのなんて最高だよ! 写真とってあげたらすっごく映えると思う」
「ああ……映える、ね」
俺はちょっとだけ苦笑いした。
会社の若い女の子たちも、いつも写真の写り方を重視しすぎるがあまり、飲む頃には溶けかかっていたこと思い出した。
「タピオカは底に沈んでるけど、こっちは上に浮かんでるからもっと映えるよ!」
「なるほど……スイカバーみたいなもんか」
「違うよ! 全っ然ちがう! おじさんわかってないなあ」
「えっ、違うのかな」
テンション上がりっぱなしのさくらが即座に否定してきた。
違う……のかな。
本質的には同じだと思うんだけど、いやまあ、若い子の感性だと違うのかもしれない。
「どうぞなのです」
「うん」
俺は頷き、エミリーからグラスを受け取る。
太めのストローをつけてもらってたから、それで一口吸い上げる。
「……美味しい!」
「本当ですか?」
「ああ、甘くてちょっと酸っぱくて、でもどっちも元のに比べて丁度良い感じだ。どうやって作ったんだこれ?」
「パッションフルーツに、お砂糖とヨーグルトをちょっとだけ加えたです」
「ああ、なるほど……だからこんなにまろやかなんだ……」
説明に納得して、ますますエミリーの腕に感心した。
そのパッションフルーツフローズンを、さくらもバナジウムも飲んでみた。
二人とも一口飲んだだけでびっくりして、バナジウムに至ってはバタバタと大はしゃぎした。
「おいしいか?」
「……っ!(こくこく)」
思いっきり首を縦に振っただけじゃなく、全身で喜びを表現したバナジウム。
これだけ喜んでもらえるんなら持って帰ったかいがあった。
「これもどうぞなのです」
そういって、湯気が立ちこめるマグカップを差し出してくるエミリー。
「これは?」
「ハチミツと一緒に温めたものなのです」
「ハチミツか……うまい!」
「タルトもあるです」
「映える!」
更に差し出してきたタルト。
上にのってる種のつぶつぶがやっぱりスイカバーを連想したが、興奮してるさくらの前では言わないことにした。
その後もエミリーは色々出してきた。
パンだったり、ケーキだったり、ジャムだったり。
どれもすごく美味しかった。
レンコンの穴に詰めて輪切りで出したものはその見た目で一回驚いて、おそるおそる食べてその味のベストマリアージュに二度驚くというコンボも喰らった。
改めて、エミリーの料理の腕前を思い知らされた結果になった。




