535.攻略依頼
「これは……どういうことなんだろう」
あごを摘まんで考える。
目の前に起きた状況を、その変化をいつものように分析しようとする。
いきなりドロップするようになった。
念のためにポータブルナウボードを取り出して、ドロップチェックをするがやっぱりSのまま。
他はともかく、Sはそんなしたりしなかったりするランクじゃない。
となると……?
「うふふ」
「マーガレット?」
真剣に考えていると、横からマーガレットの柔和な笑い声が聞こえてきた。
振り向くと、やはり穏やかに――どこかしら嬉しそうな笑顔を見せていた。
「どうしたんだマーガレット」
「わかりやすい、と思ったのですわ」
「わかりやすい? どういう事なんだ?」
「リョータ様が来なくなるのは向こうも困る、ということですわ」
「……なるほど」
いわれてみればそういうことだなと思った。
俺がマーガレットにいわれて、「もう来ない」って宣言した直後に事態が急変した。
ドロップしないのが、するようになった。
それはつまり俺がこなくなるのは困るということだ。
「ふふ」
「うん? まだ何かあるのか?」
「いいえ、さっきと同じですわ」
「さっきと?」
「わかりやすいな、ですわ」
「ふむ」
わかりやすいのか。
「まあとにかく、ドロップするのならありがたい」
「そうですわね」
「今日はもうそろそろ上がりの時間だから、明日から本腰を入れよう」
「またあいに来る、ということですわね」
「……ああ、また来る」
マーガレットの振りに感謝しつつ、それに乗っかった。
今度は何事もなく、普通にダンジョンからでることが出来た。
☆
その夜、ニホニウムは帰ってこなかった。
ニホニウムダンジョンの構造が大きく変わったから、転送部屋をつかって迎えに行くことは出来なかった。
それでちょっと心配したが。
「大丈夫だからおじさん、むしろ今日は行かない方がいいから」
と、事のあらましをきいたさくらがにやにやしながらいった。
その顔は相変わらず「チーレム」って連呼している時の顔で、大分邪推しているのだが、さくらだけじゃなく、アウルムも。
「ほっといて大丈夫だよ」
といってきた。
「そうなのか?」
「うん、明日からしばらくの間普通に通ったげればそれでいいから」
「それでいいのか?」
「その時が来た、ってことだよ」
「その時がきた……あっ」
俺はハッとして、ある事を思い出した。
大分前、ニホニウムの心の悩みを解決しようと思ったとき、それに待ったをかけたのがアウルムだ。
そのアウルムが「時が来た」といった。
「わかった、しばらく通う」
どうしてこうなったのかはまだ分からないが、どのみちダンジョンには通い続けるんだ。
俺はアウルムに言われたとおり、明日からしばらくの間、ニホニウムに通うことにした。
☆
翌朝、ダンジョンにいく前に、セルから呼び出しがかかった。
シクロダンジョン協会に行って、会長室でセルとあった。
「話は聞かせてもらった」
「えっと……」
耳が早いな、と思いつつもまずはちょっととぼけて、ニホニウムの名前は出さないでおいた。
すると、セルの方からあっさり行ってきた。
「まさかニホニウムがドロップするようになるとは。しかもサトウ様だからというわけではない、他の人間でも可能というのが大きい」
どこから聞きつけたのか、話をほとんど把握しているようだ。
マーガレットが知って、俺を連れ込んで――の、一連の流れを全部知っている口ぶりだ。
「さすがサトウ様だ」
「え?」
「え?」
驚いた俺、それに驚くセル。
なんで、ここで「さすが俺」なんだ?
それを不思議がっていると、セルはごほん、と咳払いして話を変えた。
「さて、サトウ様にお越し頂いたのは他でもない。ニホニウムの再調査をして頂こうかと思うのだが」
「そのつもりだ」
「では、正式に依頼を受けていただく――でよろしいか」
「ああ、責任持ってやる」
「できれば」
「うん?」
「ニホニウムには生産を続けて欲しい」
「……そうだな」
シクロダンジョン協会の会長、セル。
彼の立場ならそう願うのは当然のことだ。
「わかった、善処する」
「では――」
セルはパチン、と指を鳴らした。
ドアが開いて、秘書っぽいセルの部下は入ってきた。
ワゴンを押して入ってくる、ワゴンの上に布が被せられている。
ワゴンを俺の前に推してきて、セルに視線で許可をもらうと――布をとる。
そこに大量の札束があった。
「これは?」
「十億ピロある」
「十億?」
「手付金として十億。成功報酬に二十億用意させていただく」
ニホニウムを生産するダンジョンにするために、セルは十億をポンとだして、俺にたくしてきたのだった。