532.青リンゴ
「ち、違います!」
ニホニウムの声がサロン内に響き渡った。
見れば、顔を真っ赤にして、恥じらっている。
それで大声を出して否定するニホニウムの姿が、さっきまでとは違う意味でみんなに注目された。
「本当に?」
それに向かっていったのは、さくら。
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、小首を傾げてニホニウムに聞く。
「本当です!」
「でもおじさんには意地悪したいんだよね」
「そ、それは」
「意地悪して、困らせて、自分の事を見て欲しいんだよね」
「そうですが……」
「じゃあやっぱり好きなんじゃん」
「――っ!」
ニホニウムは文字に出来ないようなうめき声をもらし、今にも地団駄を踏み出しそうな勢いで悔しがった。
それをノリノリで追い詰めていくさくら。
止めた方がいい……のか?
「違います! そんな事はありません!」
「でも――」
「違います!!」
とにかく「違う」とだけ連呼して、さくらの追及を遮りつつ、サロンから飛び出してしまうニホニウム。それを追いかけて同じように出て行くサクヤ。
一瞬の事だったので、誰も止めるのが間に合わなくて、彼女たちを見送ってしまう。
いなくなったニホニウム、サロンの中に微妙な空気が漂う。
「からかいすぎなんじゃないのか、あれは」
俺はゴホンとわざと咳払いして、気を取り直してさくらにいった。
「うーん、いいんだよ、あれで」
さくらはニコニコしていた。
「いやしかし――」
「ほら、彼女すっごい落ち込みそうだったじゃん。落ち込む人にはね、やれるんならパニクらせた方がいいんだよ、怒らせてもいい」
「……ん?」
さくらをたしなめようとした俺だったが、彼女の言葉に引っかかりを覚えた。
「それってどういう事なのです?」
「パニックとか、おこらせるとか。何か特殊な意味でもあるの?」
それは他のみんなもそうだったようで、エミリーとセレストがまるで気持ちを代弁するような形でさくらに聞いた。
「おちこむってのは『止ってしまう』ことなんだよ、心がさ。一旦止ってしまうとさ、際限なく止り続けて、落ち込み続けるんだよ。で、パニックとか怒るってのは『動くこと』、人間はずっと動き続けることはできない。怒り疲れはあるけど、落ち込み疲れってきかないじゃん?」
「「「…………」」」
俺を含めて、仲間全員がぽかんとなって、さくらの話を聞き入った。
「際限なく落ち込まれるよりかは、無理やりでも心を動かした方が良いんだよ。もちろん、動かせる状態とか人とかの時だけね。動かせない状態を無理矢理動かすのもよくないから」
「さくら……お前すごいな」
「でしょでしょ、もっとほめていいのよ」
さくらは腰に手をあてて、胸を張って「えっへん」といばった。
その姿はともかく……まあ、そうかもな。
落ち込まれるよりは、「好きなんじゃないの?」「そそそそんなことない」の方が、よっぽど心にいいと俺は思った。
☆
次の日も、ニホニウムはパニックを引きずったままだった。
朝の廊下で出会うと、彼女は俺の顔を見るなり逃げ出した。
朝の食堂にも来ず、ミーケをひったくって、さっさとニホニウムのダンジョンに行ってしまった。
うん、今はやっぱりこれでいい、と俺は思い、さくらに感謝した。
避けられているが、落ち込まれるより百倍いい。
これで何か変化があればまた考えるが、好きだとからかわれて、それで俺を避ける分には何の問題もない。
俺は、状況に変化があるまで静観することに決めた。
☆
状況はあっという間に変わった。
その日の夜、ダンジョンに立ち入りをゆるされたマーガレットは俺を訪ねてきた。
彼女は気品を感じさせる振る舞いで、何かを取り出して、おれの前に差し出した。
「これをご覧下さい」
「これは……青リンゴ?」
「はい、そうです。青リンゴです」
「これがどうかしたのか?」
「空気箱をつくろうとしたのですが、これがドロップしました」
「ふーん……って、空気箱!?」
「はい、空気箱です」
「……ニホニウムで?」
「ニホニウムで、です」
彼女は頷き、更にいくつもの青リンゴを取り出した。
一つだけじゃない、イレギュラーじゃないことを示す、複数の同じドロップ。
「ニホニウムが……ドロップを?」
事態は、思いっきり動いていた。
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『没落予定の貴族、暇だから魔法を極めてみた』
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