531.小学生男子
「本当にいいのか」
「……意味がないですから」
聞き返したら、ニホニウムはぶすっとしてそう答えた。
意味がない……うーん。
確かにそうかもしれない。
能力がオールFになっても、俺はそんなに困ってない。
むしろその能力の感覚になれつつあるし、さくらがいう「縛りプレイ」的な感じでこの状況を楽しんでいる。
困ってないというのは、まさにその通りだ。
能力を戻して、言い捨てた形で、ニホニウムはいつもの席に戻っていった。
そして、ぶすっとした表情のまま、ソファーに座る。
サロン内が、シーン、と静まりかえった。
それまで各々楽しんでいたのが、ニホニウムの行動で俺達を注目した。
その事が、空気の重さをより加速させる。
なんとかしなきゃ、と思い、ニホニウムに話しかけた。
「まったく困ってない訳じゃなかったよ。稼ぎも減ったし、特殊弾とか――特に火炎弾と回復弾辺りがないのはすごく困った」
「……」
「だから意味がないとか思わなくてもいいんじゃないのか」
俺は言葉を選んで、ニホニウムを説得する。
この空気の重さを払拭したい、というのももちろんあるにはあるのだが、それだけではない。
例えばプルンブムを屋敷に招くことはせずに、毎日彼女のところに通っているように、この世界での精霊の事を知れば知るほど、関わった精霊達のやりたいことをやらせてあげる、要望を満たしてあげたいという気持ちが強くなっていく。
ニホニウムもそうだ。
今この瞬間満たされていないって分かるからこそ、より何とかしたいと強く思った。
そう思って、彼女に語りかけるのだが。
「……」
ニホニウムは明後日の方角を向いて、聞く耳を持たないって感じだ。
これは困った、ものすごく困った。
「ねえねえ、プルンブムって精霊のさ、昔の男はどんな男だったの?」
全員が固唾をのんで、俺とニホニウムのやりとりを見守る中。
まるで空気をまったく読まない感じで、さくらが会話に割り込んできた。
「なんだ、藪から棒に」
「前に聞いたんだけどさ、プルンブムには昔の男がいるって話じゃん?」
「昔の男って……そういう言い方はどうかと思うぞ」
「だって昔の男じゃん。ほら、浦島太郎に逃げられた乙姫みたいな感じで」
さくらの比喩は、俺以外の全員がポカーンとしていた。
浦島太郎の物語は、そもそもこっちの世界にはないから、ピンとこないのは当たり前だ。
それを知っている俺にしたところで。
「そのまとめ方は違うんじゃないかな」
と、苦い表情をするしかなかった。
「でもその通りじゃん?」
「うーん、そうだと言われればそうかもしれないけど……」
それでも、なんだか違うって思うしかなかった。
「というか、なんでこのタイミングでプルンブムの話を」
「いやさ、話を聞いてると、なんか変わったじゃん」
「変わった?」
「聞いた話だと、プルンブムって別におじさんじゃなくてもいいじゃん、毎日行くの」
「……ふむ」
「でも、なんかもう、おじさんじゃないとダメってなってるじゃん」
「……まあ、そうだな」
そこはさくらの言うとおりだと思った。
俺との交流が始まってから、「りょー様」なんてものを作っている位だ。
今はもう、俺と会うのが楽しみになっているっぽい。
「それがどうしたんだ?」
「いやさ、精霊のやりたいことっていっても、ちょっとずつ変わるって言いたいんだよ。バナジウムちゃんだって変わったじゃん」
「ああ」
それはそうだ。
「ってことは、ニホニウムも変わってるじゃん? 誰でも困らせればよかったのが、今はおじさんだけを困らせたいってなってる」
「ああ、まあな? で?」
「まだわからないの?」
さくらがぷっ、と小さく吹きだした。
「特定の相手だけを困らせたいなんてのは、小学生――幼い子が好きな相手によくするあれじゃん」
「え? いやいやそれは――」
「おお」
「なるほどなのです」
「その発想はなかったけど、そうかもしれないわね」
「ニンジン……困らせる?」
俺が否定しようとしたら、仲間達が一斉に納得した。
一人おかしいのもいたけど。
そして、何より
「――っ!」
ニホニウムが、図星を突かれたかのように、顔を真っ赤にしていた。
え? まじで?