530.困ってない
夜のサロン。
仲間達がみんな集まっていた。
いつも通りにくつろいで、あっちこっちでいくつかのグループに分かれて喋ったり遊んだりしている。
いつもと変わらない光景だが、前よりもみんな楽しんでいる――って見えるのはひいき目だろうか。
賃料をバナジウム自身が負担するようになったということは、ここの維持が盤石になったと言うこと。
特に最近は精霊がヘソを曲げてる事案が多発しているから、この先バナジウムをダンジョン協会側――人間側が取り上げる事はまず不可能だ。
そんな事をしたら、バナジウムがヘソを曲げる程度ではすまない。
賃料を上げられる事はあるかもしれない、しかしそれはバナジウム自身の稼ぎでまかなえる
なんならまた新しい水の品種改良を手伝えば良いだけのことだ。
ここはもう、盤石だ。
そんな中、俺はエルザと向き合っていた。
エルザはニコニコとした表情で、
「今日の買い取り金額は、320万ピロです」
と、報告してきた。
魔法カートの転送先が彼女達の『金のなる木』になっていて、俺以上に俺の稼ぎを把握している。
今日も、細かい数字は切り捨ててもらって大雑把な金額を教えてもらった。
「そうか」
「安定して300万超えてきましたね。徐々にですけど増えて行ってますし」
「あれこれやってると、もうちょっと最適化出来そうって感じたから。今は毎日、パズルっていうか、詰め将棋みたいな気分さ」
「パズルですか」
「そう。パズルの……しかも早解きのイメージ。やることは分かってるけど、いかに早くできるかを試行錯誤している感じ。タイムアタックだな」
「もうそれくらいでいいんじゃない?」
横から、さくらが会話に合流してきた。
彼女はソファーの肘掛けに腰掛けて、上から軽く俺にもたれ掛かってきた。
「一日300万って、おじさん算だと一年で十億って事でしょ」
「まあ、そうだな」
「それくらいあればもう充分じゃん。ここの家賃はバナジウムちゃん本人が払うようになったし」
さくらがそういうと、離れたところでユキと遊んでいたバナジウムがそれに気づき、こっちに向かって小さくガッツポーズした。
ここの賃料は任せろ! と言わんばかりの意気込みだ。
「それはそうなんだけどね」
俺はエミリーが焼いたクッキーをつまんで、一口かじりながら。
「今はこれが楽しいんだ」
「楽しい?」
「ああ」
俺は深く頷いた。
「賃料のプレッシャーがなくなって、今は純粋にどこまで行けるのかって楽しみでやってる。ゲーム気分さ」
「へえ」
「能力が下がった分、工夫する楽しみって言うか」
「おじさんって、縛りプレイとか好きなの」
「し、縛り!?」
エルザは悲鳴のような声を上げた。
顔も真っ赤になって、両手で口元を押さえた。
「ちがうから、そういう意味の縛りじゃなくて」
さくらは笑いながら、説明にちょっとだけ困った様子だ。
テレビゲームとかないこっちの世界だと、縛りプレイって言葉は流行らなく、エルザはちょっとエッチな方の「縛り」で「プレイ」を連想したようだ。
さくらはエルザに縛りプレイの意味を説明した。
俺は心の中で、そうかもしれないと思った。
何回かクリアしたゲームは、勝手にルールを作ってやることがある。
某花嫁論争が今でも続いているRPGだと、モンスターだけを使って蘇生も禁止するプレイでやったことがある。
そういう風に制限をつけてやる縛りプレイは――
「まあ、普通に楽しめる方だ」
「おじさんMだね」
「違うから」
「でも今の状況を楽しんでるんでしょ」
「まあ、楽しいな」
「やっぱりMじゃん」
「いやいや」
俺はさくらに抗弁する。
このままM認定されて、広められたら大変な事になる。
「リョータがMって知ったら、明日にもあの人がそれっぽい銅像作ってくるかもね」
「それが一番あり得そうだから否定してるんだよ! ってかアリスMの意味わかるのかよ!」
ちょっと笑えない冗談を飛ばしてきたアリスに突っ込む。
すぅ、と頭上から影が指してきた。
振り向くと、ニホニウムがいつの間にかやってきて、そこに立っていた。
「どうしたんだ?」
「つまらないです」
「え?」
「力取り上げても、困ってない」
「え? ああ……」
その事か。
俺が今、オールFになってるのは、種の大本である、ニホニウムがその能力を没収したからだ。
更に辿れば、ニホニウムがそれをやったのは俺が困るところをみたいからだ。
でも、俺は困ってなくて、むしろ楽しんでいる。
「困ってないなら、もういいです」
「え?」
ニホニウムはぶすっとした顔で手をすぅとかざした。
すると、淡い光が俺を包む。
「あっ……」
「どうしたのおじさん」
「戻った」
俺はポケットからポータブルナウボードを取り出し、使う。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP SS
MP SS
力 SS
体力 SS
知性 SS
精神 SS
速さ SS
器用 SS
運 SS
―――――――――
能力が、戻っていた。
「ニホニウム?」
「困ってないなら、意味がないです」
ニホニウムは、面白くなさそうな表情で、アウルム達がいる精霊のグループに戻っていった。
思いがけないかたちで、力がもどってきた。




