528.自立
炭酸水は爆発的に売れた。
俺が作り出したと思われているそれは、珍しさも相まって、急激に広まっていった。
今までにはなかったもの、ということだったから、マーガレットがしたように、俺がパンドラボトルでアピールする必要が無かった。
炭酸水、それ自体がリョータ・オリジナルみたいな事になっていた。
だから、バナジウムが出したものを、そのまま出して行った。
それらは出荷する傍らから売れていった。
売れた理由は「俺」だからというものの他にもうひとつあった。
バナジウムを保護して、年間賃料を長いこと払うだけ払って、何もしてこなかった。
俺からすれば、バナジウムをまもるためだから、何もしない、させないのは当たり前の事だった。
それが外部の、何もしらない人間からすれば、この何もしてない「ようにみえる」時間が大きかった。
つまりこの炭酸水は、
「あのリョータ・サトウが長い時間をかけて作り出したもの」
って思われた。
ただでさえ上がっている俺の知名度に、時間をたっぷりとかけたという付加価値がついた。
結果爆発的に売れることにつながったのだった。
☆
夜のサロン、エルザはテーブルの上に札束を積み上げた。
見覚えのある分量――よりもちょっぴりだけ多めの札束。
それにバナジウムは小首を傾げていた。
エルザは、バナジウムの前に積み上げたのだ。
「一億二千五百万ピロです。端数は繰り越しました」
「……?」
「この一週間での炭酸水の利益、バナジウムちゃんの取り分です」
エルザがそういっても、バナジウムは首をかしげたまま、よく分からない顔をしていた。
俺は気づいている。
理解している。
その額の意味を。
よく分からないバナジウムは、当たり前の流れで俺の方にやってきて、裾をつかんで上目遣いで見つめてきた。
どういうこと? って感じのジェスチャーだったから、俺は説明した。
「バナジウムの賃料だよ」
「……?」
「一年で十五億、一ヶ月なら一億二千五百万ピロ」
「……!」
バナジウムはハッとした。
テーブルの上に積まれている、一億二千五百万ピロの札束を見つめた。
驚きつつも、ちょっぴりの嬉しそうな顔。
そんなバナジウムをみて、エルザはにこりと微笑んで。
「そうです、これで一ヶ月分なので――バナジウムちゃんは、リョータさんのお役に立てたんですよ」
「……!!」
まずは驚く――そして満面の笑み。
こっちに走って戻ってきて、裾をつかんで見あげてくる。
ほとんど体を密着させるほどの至近距離から見あげてくる。
本当?
って聞こえた気がした。
「いや、別に役に立ったとか。そもそもここは――」
「リョータさん」
エルザはやんわりと、俺の言葉を途中で遮った。
「え?」
エルザをみるが、彼女はそれ以上になにも言わなかった。
ただ微笑んで……ニコニコした状態で、かすかにあごをしゃくってバナジウムをしめす。
ああ……そうか。
そうした方が良いのか。
子供がやってくれたことに、いちいち真実や正論で殴りつけるのは大人げない。
おてつだいで役に立った?
うん、立ったよ。
それでいいのだ。
俺は手を伸ばして、バナジウムの頭を撫でた。
途端、バナジウムは大輪の花が咲いたかのような、満面の無邪気な笑顔を見せた。
「じゃあ、これからもお願いできる?」
「……(こくこく)!」
「ありがとう……嬉しいよ」
最後に忘れかけた言葉を付け足してやると。
俺の役に立ちたい、というバナジウムはますます嬉しそうに笑ったのだった。




