524.ハズレの姫
「これは……」
「なるほど……」
金のなる木、本店。その応接間。
俺が持ち込んだ炭酸水を飲んだエルザとイーナが真顔で、飲みかけの分を見つめていた。
「ただの水がこんなしゅわしゅわするなんて、すごいわ」
「これはいけるわ。特に女達に売れるわ」
イーナがいうと、エルザは首をかしげて聞き返した。
「どうして、女だけ?」
「水じゃない、見ての通り。でもシュワシュワして、飲んでる感じはドリンク」
「うん」
「だったら――『水だからいくら飲んでも太らない』って売り出せば」
「――っ!!」
エルザはハッとした。
さすがイーナ、一瞬でそこに気づいたか。
ここ十年くらいなんだよな、炭酸水が一気に人気になってきたのは――俺が元いた世界では。
その理由の一つに今イーナが話した「いくら飲んでも太らない」というのがある。
何しろ炭酸が入っているだけで、ただの水だ。カロリーゼロだ。
感覚的にも、科学的にも。
いくら飲んでも太らないというのがすごく大きい。
「……ごくり」
エルザ飲みかけの炭酸水を見つめて、何か期待するような表情を浮かべている。
どういう表情なんだろう……まいっか。
それよりも、と俺はイーナの話に便乗した。
「その炭酸水には、もうひとつ効果がある」
「何かしら」
「シュワシュワが、毛穴の汚れを綺麗に落としてくれる」
「「――っ!!」」
今度はイーナ・エルザ共に食いついた。
「もちろん水だから、肌には必要以上のダメージを負わせない」
「なるほど……」
「それは売れるわね……」
「バナジウムダンジョンだから他の冒険者は入れないけど、ランクの低い、多分味がよくないものなら洗顔用に売り出すルートもあると思う」
「……うん、売れるわ」
「リョータさん、早速これを試しにうちに取り扱わせてください」
「むしろこっちが頼んでる方だ。お願い」
エルザは「はい!」と大きく頷いた。
「これはリョータさんのドロップなの?」
イーナは炭酸水のはいったグラスを持って、聞いてきた。
「いや、バナジウムに『直』で出してもらった物だ」
「じゃあ、リョータさんがドロップしたものもいくつか下さい。最初の売り込みなら、品質の高いものも揃えておきたいわ」
「品質?」
俺は首をかしげた。
するとイーナはちょっとびっくりした風に。
「リョータさん……もしかして知らないのですか?」
「しらないって、何が?」
「精霊に直で出してもらうと、品質は大体ドロップCくらいのものにしかならないんですよ?」
「え?」
それは知らなかった、本当に初耳だ。
「思いっきり無理をすれば最上級に近いの出してもらえるけど……最近、精霊のみんなと接していて気づいたのです」
「本当かそれ」
「ええ」
「アリスちゃんで気づいたんです」
エルザがそんな事をいった。
「アリスで?」
「彼女、モンスターたちに倒させると、ドロップは大体Cくらいの感じになるじゃないですか」
「ああ」
アリスの素のドロップは低い、しかし実際にドロップしてくる――稼いでくる額は悪くない。
彼女自身じゃなくて、仲間のモンスターに倒させると、大体がドロップCくらいになるって、ずっと前に判明している。
「それと同じ感じなんです。ダンジョン生まれでモンスターたちに――っていうのと関係してるかもしれません。推測ですけど」
「なるほど…………」
あごを摘まんで考える。
一瞬、何かが頭をよぎった。
精霊自身はドロップC相当の品質しか出せない。
それがなにかとつながりかけた、その一瞬のひらめきを引きずりだそうとした。
精霊はドロップC……稼いでる人たちは大抵がBから上くらい……俺はS……。
つながりのある事を色々考えていくと、最初のひらめきとは違うが、ある事を思いついた。
「最初の売り出し用のドロップだが……俺よりも適任者がいる」
「誰かしら」
エルザとイーナは揃って首をかしげた。
「マーガレットだ」
ドロップオールAの空気姫。
「ブランド」という意味では、彼女は俺よりも遙か上をいっている――はずだ。