520.信用残高ゼロの男
この日も朝からテルルにこもっていた。
朝ご飯を食べて、プルンブムのところで日課の世間話をした後は、ずっとテルルにこもっている。
ほんのわずかに、狩りの効率が上がってきてる気がする。
能力は確かに下がった、それで効率が下がったというのは間違いない。
けど、どうやらそれだけでもなかったようだ。
能力が下がったことでの、頭がもってるイメージと実際に体が動ける分の「ズレ」が、能力低下分とは違う意味で効率を下げていた。
それが段々慣れてきた。
なれてきた上で、最適化が出来るようになってきた。
今まで積み重ねてきたもののおかげだ。
最強のリペティションに頼りっきりじゃなくて、いつも最善の周回が出来るようにやってきた。
そっちの体の感覚と経験は残っていた。
だから能力が元のオールFに戻っても、戻った状態での最適化が出来る。
これは勘違いとかじゃなかった、はっきりと、効率が前の日の1.5倍くらいにはなっていると実感できる、勘違いでは決してない。
そして、まだまだ効率を上げることが出来る。目標も決まっている。
俺は、テルルにこもって、ひたすら効率化して、スライムを倒し続けていった。
「ヨーダさん」
「ん? あれ、エミリー、どうしたんだここに」
声をかけてられて振り向くと、そこにニコニコ顔のエミリーがニコニコ顔で立っていた。
武器の巨大ハンマーを持って無くて、魔法カートも押してない。
「ヨーダさんを迎えに来たです」
「迎えに?」
「もう夕食の時間なのです。みんなはもう帰ってるですよ」
「え? もうそんな時間なのか?」
俺はちょっと驚いた。
体感的には――あれ? いま何時くらいだ?
言われて、気づいた。
時間の感覚がまったく無くなってしまう位没頭していたことに。
「だから帰るのです」
「そっか。でももうちょっと、もうちょっとだけ」
「だめなのです」
エミリーはニコニコ顔で却下した。
「いや、もうちょっとだけ、もうちょっとだけで良いから」
「だめなのです」
やっぱりニコニコ顔のエミリー。
まったくとりつく島無しって感じで却下された。
「えっと……」
「ヨーダさん、今日の稼ぎはいくら位なのです?」
「え?」
急に質問に切り替えてくるエミリー。
俺は戸惑いつつも、少し考えて答えた。
「多分、300万ピロは行ってるんじゃないかな。あとでエルザにきかないといけないけど」
「それは後どれくらい足りないです?」
「100万ってところだ。この感じで最適化していけば――」
「やっぱりなのです」
エミリーは「もう!」って感じで、やや怒った表情をした。
「や、やっぱりって?」
「ヨーダさん、相変わらず31日計算なのです」
「? だって、31日で割らないと……」
「普通は31日で計算しないです」
「は、はあ……」
じゃあ何日で計算するって言うんだろ。
こっちの世界でも一ヶ月は一ヶ月だ。
毎日どれくらい稼がないといけないって計算するのには31日でしなきゃいけない。
でもエミリーはそれを間違っているという。
「ヨーダさんのそれはもう諦めたです、何も言わないです。そのかわり夜はちゃんと帰って、しっかり休むです」
「うーん、言いたい事は分かるけど――」
「強制連行なのです」
エミリーは俺の腕をつかみつつ、魔法カートも引いて歩き出した。
身長130センチと小柄なエミリーに捕まれて、まったく抵抗出来ない。
パワー的な意味でもそうだし、エミリーのニコニコ顔も、二重の意味で抵抗出来ないと思わせた。
「わかった、わかったから手を離して」
まわりの冒険者達に見られてる事に気づいた。
ちょっと恥ずかしくなった。
だから放してくれって頼んだんだが。
「ダメなのです」
「え?」
「頑張らないっていうヨーダさんの言葉は世界一信用出来ないです。このまま屋敷に連行するまで放さないのです」
そう言って、俺の手首をつかんだままズンズン進む。
俺って、そんなに信用ないのか……でも。
「……ありがとう」
こうやって止めに来てくれるエミリーが、すごく嬉しくて、ありがたかった。