516.スライムの指輪
「はじめまして、ぢゃな」
「え、ええ。そうですね」
俺の頭の中に浮かび上がったのは、駄菓子屋のおばあちゃん。
静かな空間に鎮座する、(いい意味で)ちょっと世間から離れた穏やかなおばあちゃん。
その感覚がして、子供の頃を思い出して、自然と敬語になった。
「えっと、テルルさん、です、よね」
「ほっほ、その通りですぢゃ」
「初めまして、俺は佐藤亮太、こっちはマーガレット……あれ?」
紹介しようと横を向いて、びっくりした。
一緒にゲートをくぐったマーガレットの姿がどこにもなかった。
「あなたとお話がしたかったのですぢゃ。娘には元の場所で待ってもらってますぢゃ」
「そうだったのですか……って話!? まさか寿命――」
俺はアルセニックを思い出した。
同じく老人の見た目をした、アルセニックの精霊・アルセニック。
はじめて会ったとき、アルセニックは死に瀕していた。
「大丈夫ですぢゃ。まだまだ元気ぢゃから、数百年はここにおれますぢゃ」
「ほっ……では、なんで?」
「あなたの事はずっと見てたですぢゃ。最初にやってきてから、ずっと」
「あっ、はい」
「強くなっていく過程をずっと見てたですぢゃ。でも今日の動きは変だった……なにかがあったのですぢゃ?」
「あっ……」
なるほど、と思った。
そしてありがたい、とも思った。
初めて会う人(厳密にははじめてじゃないけど)に、心配されていたというのは、胸がじんわりと温かくなる嬉しさがあった。
「もしや何かの病気ですぢゃ?」
「ああいえ、実はですね……」
俺はニホニウムとの事を話した。
レベルが1固定で、強くなりようがない体質だったけど、ニホニウムでドロップした種を集めて、能力を上げていった。
しかしそのニホニウムが望んでいる事が「人に迷惑をかける」事、それが転じて、「俺だけに迷惑をかける」事。
そうなったために能力が元に戻った。
それを一部始終、テルルおばあちゃんに説明した。
「それは大変ですぢゃ」
「正直、ちょっとは大変です」
だが、まったくどうにもならないって訳でもない。
通常弾もあれば、状況に対する適性の高い特殊弾もある。
圧倒的な火力が必要なら蒼炎弾も残ってるし、一瞬でケリをつけたいのなら加速弾も残っている。
何より、ドロップSが残っている。
困ってると言えば困ってるけど、見た目ほどは困ってない、というのが実際のところだ。
「力が、欲しいですぢゃ?」
「え?」
「ニホニウムの機嫌が治るまで、かわりの力を貸してあげますぢゃ」
「あなたの力を……? な、なぜ」
テルルはふにゃ、って笑った。
かわいいおばあちゃん、というのがある。
目の前の老人は、まちがいなくそういう「可愛いおばあちゃん」だと思った。
「私のところに遊びにくる子達には、みーんな元気でやって欲しいのですぢゃ」
「……お願いします」
俺は静かに頭を下げた。
なんというか、孫にお小遣いをあげたくてしょうがないおばあちゃんみたいな雰囲気を感じた。
そして――精霊。
精霊は一つの事だけを望んでいる。
他の事がどうでもいいってレベルで、一つの事だけを望んでいる。
そうでなくとも、孫にお小遣いをあげたがる雰囲気を出しているテルルおばあちゃんだ。
断るなんて、申し訳なさ過ぎて出来そうにない。
「では、これをつけておくといいですぢゃ」
テルルおばあちゃんは手をすうと差し出した。
何かを持っている、俺は手を皿にして伸ばすと、それを渡してきた。
指輪だった。
「これは?」
「うちの子達の攻撃が、まったくきかなくなる指輪ですぢゃ」
「うちの子達って……スライムの!?」
テルルおばあちゃんは静かにうなずいた。
スライムの攻撃を完全に無効化する指輪。
これ……とんでもない装備だぞ。