514.姫とパーティー
翌朝、テルル地下一階。
俺は稼ぎながら、今の自分の力を把握していた。
能力は軒並みSSからFに下がった。
飛びかかってくるスライムにカウンターのパンチを見舞った――が、倒せなかった。
それどころが――
グギッ!
手首からあまりよくない音が聞こえて、慌てて腕を引いてその勢いを殺した。
殴ったスライムといえば、ピンピンしている。
むしろ怒り狂って、更に勢いを増して体当たりしてきた。
攻撃をよけようとしたが、体が重い。
速さもSSからFに下がって、回避が思うように出来そうに無い。
とっさに銃を抜いた。
前もって込めておいた通常弾でスライムを狙った。
トリガーを引く、飛びかかってきた至近距離で、問題なく撃ち抜くことが出来た。
そして――ドロップ。
スライムから、大量のもやしがドロップされた。
「こっちは変わらないな」
当たり前の事ながら、ちょっとほっとした。
ニホニウムに「没収」されたのは、ダンジョンを通じて種で上げた戦闘面のステータスだけだ。
ドロップの5つのステータスは、俺がこっちの世界にドロップしてきた時にはもうSだった。
ニホニウムとは関係のない、俺だけのユニークスキル。
こっちは変わらずSのままだったから、もやしのドロップはまったく変わらなかった。
そして、身体能力は大いに下がったが、銃による攻撃力はまったく変わらなかった。
俺は魔法カートを押して、テルルの中を歩いて回った。
いつもの光景、テルルの日常。
ちらほらと冒険者の姿が見えて、互いに目礼・会釈しながら歩く。
しばらく歩いて、新たなスライムとエンカウントした。
通常弾を込めた銃を構えた。
スライムが飛んでくるのをまって、魔法カートの上に来るのを誘導――できなかった。
「むっ」
体当たりをとっさに躱す、スライムが頬をかすめて後ろに飛んでいった。
誘導……どうしてたんだっけ。
魔法カートの上に誘導して、倒したらドロップがそのまま魔法カートに入る技、周回用の時短技。
それが出来なかった、スライムを誘導出来なくて、予想外の動きをされて危うく攻撃を食らいそうになった。
バウンドしながら次の体当たりをしかけてくるスライム。
今度は普通にねらって倒した。
大量にドロップしたもやしをひろって魔法カートに入れる。
もしや、と思った。
もやしを全て回収した後、更にスライムを求めて歩く。
すぐにエンカウントした。
今度は出会い頭の、遠距離の射撃。
「むっ、やっぱり!」
うった通常弾が、スライムをかすめていった。
文字通りのかすり傷、スライムは怒って襲いかかってきた。
込めた通常弾を連射、なんとか体当たりをもらう前に倒した。
推測通りだった。
誘導が出来なくなって、普通に狙っても遠距離だとはずしてしまう。
銃の攻撃力自体は変わってないが、命中率が目に見えて下がっている。
「……と、なると」
能力の低下での悪影響をいくつか実感したことで、脳が急速に現状に馴染んでいった。
俺は銃を再びグランドイーターのポケットにしまい、魔法カートを押してダンジョンの中を進んだ。
スライムとエンカウントする、出会い頭に手をつきだして――
「リペティション!」
と唱えた。
スライムは瞬時に弾けて、大量のもやしをドロップする。
リペティションは問題なく使えるみたいだった。
まあ、そうだろう。
ニホニウムの誘導で身につけた魔法だが、魔法自体は魔法の実を食べての結果だから、ニホニウムのモノじゃない。
そして、俺が知りたいのはそこでもない。
更に魔法カートを押して、スライムを探す。
エンカウントした。
リペティションを唱えて、スライムを瞬殺。
もやしを拾って、また魔法カートを押して、次のスライムを探す。
エンカウントして、リペティション。
エンカウントして、リペティション。
エンカウントして、リペティション。
都合六回目となったところで――
「リペティション! ――もうだめか!」
スライムは倒れずに、体当たりで突進してきた。
ある程度は予想してて、「そろそろかも」って思っていたから、突進を余裕持って躱せた。
かわした後更に体当たりしてくるスライムと、抜いた銃の通常弾で撃ち抜く。
ポータブルナウボードを取り出して、使う。
―――1/2―――
レベル:1/1
HP F
MP F
力 F
体力 F
知性 F
精神 F
速さ F
器用 F
運 F
―――――――――
―――2/2―――
植物 S
動物 S
鉱物 S
魔法 S
特質 S
―――――――――
リペティションは魔法、つまりMPを消費して使う。
MPがFに戻ったのでは、使用回数が前に比べて大幅に下がるのは当たり前の事だ。
問題はそれだけじゃない。
リペティションの消費MPは、敵の強さに比例する。
テルルのスライムだと問題なくリペティションがつかえるが、これがダンジョンマスターになると、MPがSとかSSでも、一発で空っぽになってしまうほどMPを持ってかれる。
つまり、MPがFというのは、事実上リペティションも使い物にならないという事だ。
「ちょっと困るな」
まあ、リペティションに関しては「ちょっと」ですむ。
もともと頼ってないからだ。
リペティションはこの世界の冒険者からすれば最強の魔法だ。
一度倒した事のあるモンスターなら、かけるだけで例外なく即死させてしまうほどの強さ。
あらゆる物がダンジョンのモンスターによってドロップし、それによって生活が成立しているこの世界では、冒険者達は延々と、繰り返し繰り返しダンジョンの中を周回する。
最小限の手順で、安全に同じモンスターを倒し続けることができるリペティションはまさに最強。
だからこそ俺は普段からあまり使わなかった。
それを使いすぎると、腕が落ちる。
RPGを延々とやった後、いきなりアクションゲームをやったら指がついて行かないのと同じことだ。
そして、いざって時は。
その落ちた分の腕前が致命傷になり得る。
だから俺は、できるだけリペティションを使わずに、普通に体術と銃だけで戦い続けてきた。
リペティションがつかえなくなっても、そんなに大きな影響がない。
「ふだんからそうやっててよかったな」
俺は苦笑いして、近くの休憩所にむかった。
セルがダンジョン協会長になってから、シクロのダンジョンに作らせた休憩所。
その休憩所の近くには、モンスターは寄りつかない。
その安全地帯で、現状の把握をする事にした。
まず、能力オールFになってしまった。
転移してきた直後とまったく同じ。
体がまだ慣れてないが、「元々」と同じなんだから、じきに感覚が追いついてくるだろう。
そして、魔法は全部残ってる。
リペティションもウインドウカッターもクイックシルバーも。
魔法の実を食べて得た魔法は残っていた。
ちなみに休憩所に来るまでの間に試しにやってみたが、魔法はある、しかし発動するMPが足りない状況だった。
これは体感的な物で、MPが足りなくてつかえない時はなにもおきないんじゃなくて、体に虚脱感を感じる。
それを通じて、魔法は全部残っている事を確認した。
そして銃は残っていた。
通常の二丁と、+10の二丁。
こっちはニホニウムとは全くの無関係だから当たり前だ。
弾丸は――これが一番の問題かもしれない。
能力が容赦なくオールFに下げられたが、全部下がった、というのはある意味わかりやすい。
しかし、弾丸はそうじゃない。
俺が持っている弾丸の、実に半数がニホニウム産だ。
冷凍弾、火炎弾、回復弾、拘束弾、鉄壁弾、斬撃弾etc……。
階層分の九種類の特殊弾がなくなっていた。
特に回復弾と鉄壁弾は結構な痛手だ。他は使用頻度だったり他でかえがきいたりするけど、この二つはどうにもならない。
まあ、ないものねだりをしても仕方がない。
「リョータ様」
しずしずとして、上品な声が俺の名前をよんだ。
振り向くと、マーガレットがそこに立っていた。
「お疲れさん。どうだった」
「わたくしにはまったく何も変わりませんでしたわ」
「そうか」
俺は頷いた。
マーガレットにはニホニウムに行ってもらった。
何もドロップしない――俺以外の人間には空気だけをドロップするダンジョン、ニホニウム。
それ故に通う冒険者は、今や空気箱を作るマーガレットのみ。
彼女はドロップオールAになっても、変わらずニホニウムに通い続けている。
曰く、「待っている方がいますから」、と。
そのマーガレットにいってもらった結果。
「まったく変わらなかったんだよな」
「はい、そうですわ」
「なら、いっか」
つまりニホニウムは俺に決め打ちしてきたと言うことになる。
ニホニウム、精霊としてのこだわりは、人を困らせたいこと。
それが今回の一件によって触発されたが、俺だけに発揮しているということだ。
それなら、まあ、それでいいのかもしれないと思った。
「リョータ様」
「ん? なんだ」
「しばらく、パーティーを組みませんか?」
「パーティーを?」
「はい。リョータ様とわたくし、今そっくりさんですから」
「なるほど」
それは面白いかもしれないな、とちょっと楽しくなってくる俺だった。