511.表彰
ネプチューンとわかれて、テルルから一旦バナジウムに戻った。
「ただいま」
「……(ニコッ)」
俺の声が聞こえたバナジウムはバタバタと走ってきて、裾をつかんで嬉しそうに微笑んだ。
そんなバナジウムの頭を撫でながら尋ねる。
「エルザとイーナは帰ってる?」
「……(ぷるぷる)」
「そっか。事態が事態だし、帰ってきてるのかなって思ってたけど」
俺は少し考えて、バナジウムに言った。
「ちょっとセルの所に行ってくる。エルザが戻ってきたら伝えてくれる?」
「……(こくこく)」
「ありがとう」
「……(ニコッ)」
喋らないバナジウム、しかし感情の表現は(見た目での)同年代の子供に比べてもかなり豊かだ。
これがコロコロ変わるから、見ていて飽きないし、故にファミリーではマスコットのように愛されて、一部からは猫かわいがりされている。
そんなバナジウムに別れを告げて、玄関から外にでた。
屋敷の敷地からシクロの街に出て、ダンジョン協会を目指す。
「おい、聞いたかよ」
「ああ、今度はネオンだろ?」
「一度に複数の精霊がこんなことになるなんて前代未聞だぜ」
「これ以上ふえたら……どうなるんだ?」
街がにわかにざわついていた。
ネオンの噂は早くも広まっているみたいだ。
……まあ、そりゃそうだ。
ザ・パーフェクト。
納税ランキング世界一位のレベッカ・ネオンの事だ。
どんな業界でもトップは常に人の注目を集め、何かあったときの情報は光よりも速く広まる。
レベッカ、そしてネオンのはそのせいだろう。
俺は早足で、急いでダンジョン協会に向かった。
中に入ると、受付けが「お待ちしてました」といって、俺を奥へと通した。
協会長室の中にはセルが待ち構えていた。
「ご足労感謝する」
「ってことは、本当のことなんだな」
深刻そうな表情をしているセル。
俺は聞き返しつつ、彼の向かいに座った。
「うむ、レベッカ・ネオンがドロップしなくなったと言うことだ。既に三日が経過している」
「……隠蔽してたのか」
セルは深く頷いた。
「何かの間違いだと思いたかったのだろうな、あるいは別の要因が。しかし隠しきれなかった。ネオンだからこそ、三日も隠し通せたとも言えるが」
「……ああ」
俺はある事を思い出した。
それは、かつてレベッカが初めて訪ねてきたときに、本人が教えてくれたこと。
レベッカ・ネオン、ネオンの精霊に気に入られた彼女にだけ、ネオンのダンジョンはドロップする。
他の人間はまったくドロップしないのなら、すぐに分からないのもうなずける。
「そっか……こうなってくると、元々脆弱な関係性だったんだな」
「さもあろう、一人に依存するやり方では早晩破綻するのが目に見えている」
「俺も気をつけないとな」
「サトウ様は大丈夫だ。余はそう思う」
「言い切ったな」
「直近でもそうであっただろう? 最善だと分かればカリホルニウムはキリングラビットに任せた」
「ああ」
そういえばそうだった。
「サトウ様の素晴らしいところは、あらゆる方法を模索し、最善が他にあると分かれば自分がする事にこだわらぬ事」
「最善があれば最善に従うのは当たり前じゃないのか?」
「道理に素直に従えぬのが人間だ」
「……なるほど」
苦笑いをするしかなかった。
「こうなってみると、サトウ様のご慧眼には感服するばかりだ」
「なにが?」
「エリスロニウム――バナジウムだ。余は一回も入れてもらったことはないし、クリフやマーガレットも入れてもらったことはないと聞く」
「……ああ」
またまた苦笑いした。
「そして、自腹を切ってでもダンジョンを借り上げた理由」
「そうだな」
セルの言うとおりだった。
クリフ達をバナジウムダンジョンにいれないのも、ダンジョンを借り上げたのも。
全て、バナジウムの為だ。
精霊にも気持ちがある、だからそうした。
「サトウ様、折り入って頼みたい事がある」
「なんだ? 改まって」
「サトウ様を表彰させてもらいたい」
「表彰!? な、なんで」
なんでそんな話になったのか分からなくて、盛大に驚いてしまった。
「アウルム、プルンブム、バナジウム、カーボン。これらの精霊とサトウ様のご関係を発表し、サトウ様を大々的に表彰したい。それで他の精霊付きを牽制したい」
「ああ……」
なるほど。
俺がやってる事を模範だとして、他の精霊付きにもそうしろっていう空気に持っていきたいんだな。
「そういうことなら異論は無い」
俺は即答した。
「ただし、本質は押さえてくれ」
「本質?」
「俺は、精霊がしたいことをしてる。そこは強調してくれ」
「……さすがだ、サトウ様。ではその通りにしよう」
精霊達のストライキが広まりつつある中、俺は全世界に表彰されることとなった。
 




