508.フェッルムショック
「あれ? どうしたのそれ?」
定時で帰ってきて、誰もまだ帰ってなかったから適当に廊下をぶらぶら歩いていると、エルザとエミリーが転送部屋じゃなくて通常の入り口から帰ってきた所と遭遇した。
珍しい組み合わせの二人だし、入り口から帰ってくるのは珍しいし。
それ以上に、二人は大量に荷物を持っていた。
エルザも袋で大量に抱えているが、エミリーはそれ以上に、自分の体が完全に隠れてしまう位、天井に積み上がってしまうくらいの荷物を抱きかかえていた。
その荷物は――。
「トイレットペーパー?」
「あっ、ただいまですリョータさん」
「ヨーダさんなのです? ただいまなのです」
エルザは抱えている大量のトイレットペーパーの上から顔を出すことが出来たが、エミリーはそれが出来なくて「壁」の後ろから話しかけてきた。
「お帰り――はいいんだけど、それをまずどこかに置いてきたら??」
「はいです。エルザさんこっちなのです」
エミリーの先導で、二人は倉庫にしている部屋に大量のトイレットペーパーを運び込んで、それを下ろした。
エルザは「ふぅ……」と手をぶらぶらさせたり肩をぐるぐる回してほぐしたりしたが、エルザの半分くらいの小さな体で五倍以上の荷物を持っていたエミリーはけろっとしていた。
「ただいまなのです」
それどころか、まったく疲れなど微塵も見せない、天使の笑顔で改めて「ただいま」といってきた。
「おかえり。それよりも、これはどうしたんだ?」
「品薄になるかもしれないから、買いだめしたんです」
「品薄? なんかあったのか? こんな――まるでオイルショックみたいな事をするほどの出来事が?」
「オイルショック……というのはよく分かりませんが、精霊付きが解消されるかもしれないという噂が」
「精霊付きの解消?」
初めて聞く言葉だ。
どういう事なんだろう、とエルザを見つめて、視線で説明を求めた。
「フェッルムってダンジョンなんですけどね」
「フェッルム……なんだっけ」
俺は頭をひねって考えた。
聞き慣れないな。
フェッルム……フとエ……FとEか?
Fe……鉄か!?
後で百科事典で調べようと思いつつ、説明するエルザに意識を集中させた。
俺の「なんだっけ?」をこっちの世界での意味と受け取ったエルザは説明した。
「紙を専門でドロップするダンジョンなんです」
「紙……ああ」
高く積み上げられた、おそらくは十年分はあるトイレットペーパーを見た。
なるほど、これも紙だ。
「そこの精霊が、精霊付きの冒険者とケンカをして、精霊付きを解消するって噂が」
「なぜだろう、痴話喧嘩にしか聞こえない···」
別に異性同士もないだろうし、気のせいか。
「ごくごく稀にある話みたいです。今回の原因はどうやら『性格の不一致』だとか」「本当に痴話喧嘩かよ! ってか離婚の理由じゃないか!」
「あっ、リョータさんそこに首突っ込まない方がいいですよ? 精霊付き解消は必ず泥沼になります。あのネプチューンさんでさえ『あれは汚物だね』っていったくらいですから」
「だから離婚かよ! って、もしかして」
「はい、解消した後は、大抵精霊さんが拗ねるので、ドロップが激減したり止っちゃったりするので」
「なるほど……それで……」
「結構信頼できる筋からの情報なんです……」
エルザはそう言って、苦笑いした。
当って欲しくない、といわんばかりの表情だ。
そういうことなら介入はしないけど……いやはや、そういうこともあるのか。
うちのファミリーにいる精霊達、怒らせないようにしないとな。
☆
鉄なのに紙な精霊の噂を伝える為、ユニークモンスターの村「リョータ」でクリフとあって、それを伝えた。
「エルザ曰く信頼できる筋の情報らしい。紙製品を今からため込んでおくのがいいと思う。かなり値上がりしそうだ」
「分かりました、ありがとうございます」
うちの傘下に入っている、かつてブラックパーティーから助け出したクリフが深々と頭を下げた。
彼にも守るべき仲間達がいる、情報をうまく活用してくれるだろう。
「それじゃ俺は屋敷に戻るよ」
「ああ、マーガレットさんにはもう教えたんですか」
「いや。でも彼女なら大丈夫だろ。あの四騎士はめっちゃ優秀だから、多分もう知っているだろうし……実際品薄になっても普通に調達できそうだ」
マーガレットに付き従っている四人の騎士。
さくらは俺を「チーレム」というが、あの四人の方がよっぽどチートだと俺は思う。
「だめですよ、それは」
「え? でもあの四人なら」
「そうじゃなくて、あなたが教えないとダメって意味です」
「おれが? なんで?」
「いいから、ちゃんとマーガレットさんにも教えてあげて下さい」
「ふむ……まあ、しないよりはした方がいいか」
万が一って事もあるしな。
☆
ニホニウムダンジョン一階――。
「ありがとうございます!」
空気箱を生産しているマーガレットにあって、クリフにしたのと同じ話をしたら、ものすごい勢いでものすごく感謝された。
上目遣いで俺を見つめて、目をうるうるして感動している。
顔も心なしか赤い。
予想以上に喜ばれて、俺はちょっと戸惑ったのだった。




