507.ジェネレーションギャップ
「ただいまー」
久しぶりに丸一日テルルに通いつづけて、定時で上がって屋敷に戻ってきた。
転送部屋の端っこの、魔法カート置き場に俺の魔法カートをしっかりと片付けて、転送部屋をでた。
「おじさん……」
そこにさくらが待ち構えていた。
彼女は険しい顔で俺を見つめてきている。
「どうした、何か起きたのか?」
俺は頭のスイッチを切り替えた。
また何かがおきたのだろうか。
どこでダンジョンが生まれたり、精霊が助けを求めたり、冒険者がピンチになったり。
いままでそういうことが山のようにあって、それを経験してきたから。
とりあえずは、焦らずにすんだ。
「すごいじゃんおじさん!」
「へ?」
俺が予想していたどの状況とも違った。
さくらは一変、瞳を輝かせて詰め寄ってきた。
「な、なんだ? すごいってなんの話だ?」
「さっきエルザ達のところにいってきたんだけどさ、すごすぎるよおじさん、一日で百万円以上稼いでるんだって?」
「え? ああそっち? 厳密には円じゃなくてピロなんだけど――」
「百万円ってあれでしょ? 一本でしょ? ディズニーとか貸し切りに出来るでしょ?」
「一本は一本だけどディズニーの貸し切りは億いるんじゃないか?」
わからないけど。
というか億でもたりないんじゃないか? 百億はさすがにないから……二桁億かな?
「一日でそんなに稼げるなんてすごいじゃん。ねえねえ、あたしとパパ活しない?」
「しないよ! さすがにそれどうかとおもうぞ!」
「あはは、冗談にきまってるじゃん。もうおじさんったら顔真っ赤になっちゃってかわいー。チーレムの主ならもっとこうデーンと構えてなきゃ」
「チーレムでもないんだけど……」
さくらの一流のからかいにどっと疲れた。
彼女と肩を並べて、一緒に廊下を歩き出す。
「でも本当すごいね。一日百万円って――ああピロか。ピロって価値が円とほぼ一緒なんだよね」
「そうだな……そうか、さくらが来てから初めてか、真面目にダンジョンで金稼ぎしたの」
「うん。あたしの転移、おじさんがカリホルニウムの事をやってる真っ最中だったし」
「そうだったよな」
結構普通に勘違いしていた。
さくらがものすごい勢いで馴染んでたもんだから、ずっと昔からいたもんだとか、ファミリーの事を全部知り尽くしているとか。
そんな気分になっていた。
「カリホルニウム中だと……知らない事が結構多いよな」
「例えば例えば?」
「みんなの行きつけの酒場があるとか?」
「何それかっこいい! マスターいつもの! ってやるの?」
「逆だけどね。俺は新しいもの好きだから、いったら新商品を出される」
「もっとかっこいいじゃん。他には他には?」
「俺の名前をつけた街がある、とか?」
「定番! すごい! それどこ? 見せて見せて」
「今日はもう遅いから明日な。それと……ああ、税金は払う方じゃなくてもらう方とか?」
「いいねチーレムっぽい!」
話している内に、さくらはますますテンションが上がっていった。
今まで当たり前のようにしていたことが、実は(というほど実はではないけど)彼女はまだ知らなかったと言うのが新鮮で、俺はそれを次々と彼女に話した。
「ああ、ブラックパーティーとかも。最近はめっきり減ってきたけど」
「ブラックパーティー?」
「ブラック企業みたいなパーティーって事だ」
「社畜? 社畜とかいるの?」
「そこでうきうきされると反応しづらいな」
「へえ……なんかいっぱいあんのね」
自室に戻ろうとしたが、さくらが一緒だったから、そっちじゃなくてサロンに来た。
サロンに入って、自分の定位置に座る。
さくらもその辺のソファーに座り。
「や……でも、すごいよ」
「ん?」
「百万円」
さくらは結局、そこに戻った。
「チーレムもすごいけどさ、面白いってだけなんだよね。実感とかないし。でも日給? 百万円ってすごいじゃん。あたしにも分かるすごさだよ」
「なるほど」
俺は少し考えて。
「だったら、もう一つすごいの」
「お? なになに?」
「長者番付。あれ、去年で三位になったんだ」
一日百万ピロ超のかせぎにこれだけ興奮しているさくらだ。
長者番付三位ならもっと興奮するはず――って、思って言ったんだが。
「なに? 長者番付って」
「へ? ほら、納税者というか、稼ぎがすごい人のランキングっていうかさ」
「そんなものがあるんだ。それで三位? すごいね!」
さくらはワンテンポ遅れて興奮したが……俺は愕然とした。
「長者番付をしらない……?」
「ん? もしかして昔あったもの? おじさんいくつだっけ」
「ぐっ――の、ノーコメントだ」
予想外のところでジェネレーションギャップを喰らって、精神的にかなり大ダメージを負ってしまった。