501.ダンジョン性の一致
テルルダンジョン協会、会長室。
二人っきりで向き合う俺とセル。
「と、言うわけで。事後報告で申し訳ない、イヴにしばらく任せることにした」
「わかった」
「あっさり受け入れるんだな」
「サトウ様のなさることに異存のあろうはずもない」
「それはそれでどうなんだろう」
俺は苦笑いした。
信用してくれるのは嬉しいし楽だけど、盲信するのもどうなのかと思う。
「余は、サトウ様の事を誰よりも理解していると自負している」
「なんだ藪から棒に」
一瞬突っ込もうかとも思ったが、セルがものすごく真剣な目をしている事に気づき突っ込まなかった。
「サトウ様は普段から困難な道を好んで歩まれる。それはいざという時に楽な道を選択できるようにするという先行投資だ」
「まあ、な」
困難な道とか楽な道とか言われると若干語弊があると思わなくもないが、確かにそうだ。
ようは、ふだんからリペティション一辺倒じゃなくて、通常戦闘で判断力とテクニックを養っている事をいいたいんだ。
「余はサトウ様に度々依頼をし、その度にサトウ様は最善を尽くし解決してきた」
「いろいろあったな」
「そのサトウ様が、あの娘を使うことが最善手だと判断しただけの事。異論などあろうはずもない」
「……なるほど」
最初はツッコミ事案だと思っていたが、最後まで聞けば割と納得できる理由だった。
「ありがとう、それをくんでくれて」
「よほどこの件にふさわしかったのだな」
「あんなに意気投合してるのを見てたらなあ……とりあえずは完全に任せた方がいいという気になってくる」
俺は再び苦笑いした。
カリホルニウムの事はまだよく分からないが、イヴの事は――イヴの事も正直よく分からないが、その行動原理ならいっぱい見てきた。
ニンジンだの、低レベルだのというのはまだ表層的な事だ。
イヴはとにかく――ブレない。
自分が一番大事な事をしっかり分かっていて、その上でそうじゃない相手と迎合する気はない。
それが、イヴという女だ。
その彼女がびっくりするくらい意気投合したんだ。
そりゃあ任せた方がいいって気になってくる。
「すこし時間はかかるかも知れないけど」
「構わぬ。急をようする話ではない」
「ありがとう」
「礼をいうのはこっちだ」
見つめ合い、頷き会う俺とセル。
カリホルニウムとイヴの相性、あったときの二人の振る舞いを思い出して。
イヴに任せれば問題ないだろうと、俺は結構安心していた。
☆
ダンジョン協会を出て、屋敷に戻ってきた。
玄関にはいると、バタバタとスリッパをならして、バナジウムが駆けてきた。
「……(ニコッ)」
「ただいま。バナジウム一人?」
「……(ぷるぷる)」
俺の裾をつかんで見あげてきたバナジウムが、首を静かに振って、両手で頭の上に耳の形を作るジェスチャーをした。
「イヴが戻ってるのか」
「……(こくこく)」
バナジウムと手をつないで、サロンにやってきた。
そこにイヴがいて、彼女は自分の定位置でくつろいでいた。
「ただいま。もどってたのか」
「うん」
「どうだった? カリホルニウムは」
「低レベルに、ごめんなさい言いに来た」
「ん? ごめんなさいって……どういう事だ?」
いきなりの事で、頭がついていかない。
イヴが言いに「来た」という言葉の意味も、すぐには気づかなかった。
「低レベルとは一緒にいられない」
「……へ?」
「ダンジョン性の不一致」
「なんか懐かしい言葉が飛び出したぞ! ってちょっとまって!」
「うさぎ嘘ついた。ちょっと違う」
「へ?」
「あっちと、ダンジョン性が一致した」
立ち上がったイヴ、まっすぐとこっちを見つめてくる目は、とてもとても真剣だった。
今までで一番、真剣だった。
「…………」
俺は絶句した。
カリホルニウムをまかせてもいい、それくらい相性がいい。
と、思ったのは間違いではなかった。
その相性が、俺の想像をちょっと、うわまわっていた。